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わたしの頭を抱いて、彼は言う。
「キミのアイデンティティは……僕を、独りにしない事だ」
わたしを抱き締める手はあったかくて、優しくて……でも強くて、震えていて、わたしが消えてしまうんじゃないかと不安に思っているのが伝わってくる。
「……わたしの、人格は何を定義しますか」
「そんな定義、要らないよ。僕は、今話している『キミ』と一緒に居たい」
「では、わたしの外見は?」
「キミは、今のままで充分可愛いよ。今のままで良い」
――ソレは、余りに予想外の言葉。
多分、今までのわたしの持ち主は……ベースとしてのわたし、今のわたし自身を求めてくれた人は、居なかった。
でも、彼は違う。『わたし自身』を必要としてくれる。それは嬉しくて、あったかかった。
「本当に……この人格で、良いんですか?」
「うん」
即答。また、あったかい。
「本当に……この外見で、良いんですか?」
「うん」
あったかい。あったかい。
胸の内に広がるその優しさに浸るわたしに、彼は泣きそうな顔で笑って。
「うん……僕は、今のキミで良い。それで、全然構わないから……それ以上は、何も求めないから……だから、ずっと僕の傍に居て欲しい。僕のとーさんやかーさんみたいに、事故とかで僕を独りにしないで欲しい。お願いだから、僕を独りにしないで……っ!」
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――ソレは客観視すれば、あるいは歪な関係なのかもしれない。
アイデンティティを求めるわたしと、ソレを利用して、わたしを自分の家族の代替として扱う彼。
でもわたしは、それで良い。
彼は、わたしに居て欲しいと言ってくれた。
家族の代替なのに。母親の形に成れと命じることなく、父親の人格を定義しろと言うことも無く。
ただ、わたしそのものを求めてくれた。あったかさをくれた。
……それで、充分だった。わたしがわたしを定義するには――そう、わたしの存在意義を定義するには、彼の優しさは余りにも充分すぎた。
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――だから。
雨に濡れ続けていたわたしに、あったかさをくれた彼。
その傍に、わたしは居る。ずっと。ずっと。
ソレがわたしの、アイデンティティ――
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