第二部 一章

67/67
31085人が本棚に入れています
本棚に追加
/2638ページ
「どうした、ではない。信長公の下へ向かったら命はないぞ」 いつもは寡黙な利三の饒舌ぶりに秀満は驚き、ふいに笑みがこぼれた。 「かもしれんなぁ。だがそうでないかもしれぬし、信長公ではない別人かもしれんな」 などと、のらりくらりと受け答え、ひと息おくと表情を引き締め、 「なあ利三……義父上は変わったな」 と、呟いた。 「うむ、呂蒙殿と孫策殿のことが大きいのだろう。我らに心中を語ることもなくなったな」 二人は互いに沈みこむ。 部下や領民を第一に考えていた以前の光秀の面影は薄く、呂蒙になりきりすぎているように感じてられた。 「利三、義父上のこと頼むぞ。私は信長公にお会いして参る。例え殺されたとて、すでに一度死んだ身だ、なんの悔いもない」 秀満は利三の手を取り、後事を託した。 「うむ、任せろ。道中気をつけてな」 利三は旅立つ秀満の後ろ姿を見送った。 今生の別れではないだろうが、秀満はもう光秀の下へ戻らない、そんな気がしていた。
/2638ページ

最初のコメントを投稿しよう!