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「おう、久し振り」
その声に僕は振り返った。
駅から急いで来たのだろう。
最近、腹回りがふくよかになってきたヨシノさんは、コートと鞄を抱え、額に汗を滲ませていた。
「早かったですね」
言いながら僕は立ち上がり、ヨシノさんに椅子を譲った。
「サンキュ」、と手刀を切り、ヨシノさんはにまっと笑った。
「ふう君」
「はい?」
「次のシリーズの装丁な。ふう君、イラスト御指名だってさ」
「は?」
「は、じゃないよ。クライアント御用達ってこっちゃ。やったな、ふう」
言って。
ヨシノさんは、拳骨で僕の胸をとん、と軽く小突いた。
「ふうは……絵、を描く、のか」
キクチさんが言うや、
「おうよ。大したもんだよ、こいつは。駆出しのくせして、シリーズの席ゲットしたの、うちじゃふうが最初だワ。しかもだ。並み居る美大出身者を押さえて、ノンキャリアで、だぜ」
ヨシノさんは嬉しそうに答え、ハンカチを取り出して額の汗を拭った。
「そう、か……凄い、な」
そう言って。
キクチさんは、優しげに微笑んだ。
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