102人が本棚に入れています
本棚に追加
「お前が、殺したのか? 秘翠(ひすい)姫を!」
深い森の中、木々のざわめきが二人の男を掻き立てていた。耳障りな野鳥の叫声が響き渡って飛び立つ。
野鳥は本能で察したのだろう。この場に止どまれば死に捕まってしまう、と。
黒髪の男が強い憎しみを赤髪の男へと向ける。黒い視線が鋭く、赤髪の男を貫いた。
しかし、赤髪の男は口を開くことなく、ただ立ち尽くして笑う。二人とも渋い色みの和服に身を包んで対峙していた。
「答えろ! 紅翡(あかひ)!」
黒髪の男は赤髪の男──紅翡の胸ぐらを掴むが、紅翡は冷ややかな視線を落とすだけ。そして笑みを絶やさずに虚空を見ていた。
「お前が、自分で言ったんだ。信じろと! その結果がこれか? 紅翡!」
黒髪の男は、なおも叫ぶ。二人の男の足元に横たわるのは、長く白い髪を地面に拡げて安らかに眠る女性。幼さを残しながらも、凛とした顔立ちには強い意思が写っていた。
女性の白絹のような細い髪は所々赤に染まって、胸にはぽっかり穴が開いている。そこから止めどなく流れるのは、紅い鮮血。
「質問に応えろ、紅翡!」
紅翡は口を噤んで、笑い続ける。それは何処か壊れてしまったかのように。
樹々の葉を揺らす風が吹き抜けて、二人を煽り立てていた。
最初のコメントを投稿しよう!