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愛情の溢れた、これ以上ない主の幸福を感じる。きっと、何より幸せだと感じたときの記憶なんだろうな、と思うと僕も体の中が温かくなるのを感じた。主は楽しそうにいつもの歌を歌っていた。
父親と同じように、母親も優しい笑顔でそれを見守っている。
白い景色に、穏やかなメロディー。
僕の心の中は、温かくなってきているように思えた。
でも、主が二人を見て嬉しそうに微笑んだ瞬間、違う感情に変っていた。
僕にときどき聞かせてくれた主の唄。聴き慣れているはずの僕の唄。
自分の旋律がここにない今、こんな事思うのはおかしいのかもしれないけれど、主の唄であの二人があんなに優しい笑顔になったのかと思うと、心が痛かった。家族だからあの優しい笑顔になるのかもしれないとも、普通に考えられるのに。嫌な気持ちになった。三人の幸せそうな笑顔がとてつもなく羨ましくなった。
僕は、今まで主以外の人に唄を聴いてもらったこともなければ、会ったこともなかった。
僕と同じ唄を歌っている主を見ると思う。
主のかわりに僕があそこにいて、唄を聞かせたとしたら、あの二人はあのような笑顔をしてくれるだろうか。
きっと、同じ表情はしてくれないだろうと、なんとなく思った。それを考えると、寂しかった。
唄をもっと多くの人に聴いてもらいたいという、オルゴールとしての使命めいたものもあるのかもしれない。
だけど、そんなことは二の次で、今はとにかくあの二人に僕の唄を聴いてほしいと思っていた。
主の唄でも主でもなく、僕の唄を聴いて……僕の存在を認めてほしかった。
確か、これを嫉妬と言うのだそうだ。いつか、主にそう教わった。
なんて嫌な感情なんだろうと思った。僕は主にさえ聴いてもらえれば、それだけでいいのに。
風が吹いたのか、ふいに雲のような霧が晴れてきた。
三人がはっきりと見える形になる。
見えなかったものが、見えた。
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