30人が本棚に入れています
本棚に追加
「もしもしー?」
語尾の上がった腑抜けた声が聞こえる。間髪入れずに俺は言う。
「ヒマ?」
「いや、今凄いイイトコだから。お前なんか相手にしてらんないから」
おや?
「なんだよイイトコって」
「俺はベット上のファンタジスタだぜ?」
「あぁなるほど。相手は誰だよ」
「うーんと、カナちゃん」
俺は"カナ"と名のつく"いかがわしいビデオ女優"を挙げる。
「そおそおその娘」
すぐに見抜いた俺に憎まれ口を叩くでもなく、鯔背は素直に認めた。こいつがそういう人間だということは周知の事実。
「というわけで、お前も男ならわかるだろ? そういう大切な時を邪魔される気持ちが」
…………。
「女の子からならまだしも、お前だとわかった上で電話に出たこと自体、すげえことだろ?」
…………。
「つーわけで、俺とカナちゃんのラブタイムを邪魔しないでくれたまえ」
厳密に言えば、お前とカナちゃんと男優の、だろう。
「ただ、30分……いや45分経てば俺もヒマだ」
なんと嘆かわしいことか。この男にはせっかくの春休みにする事が一つしかないのだ。
心優しい友人が遊んでやらねば、彼は干からびてしまう。俺は応えた。
「じゃあその頃に」
「りょーかい。
あ、それまで電話もメールもすんじゃねーぞ」
変な釘を刺された。不愉快だ。10分後ぐらいにワンギリしてやろう。
俺は携帯電話をポケットにねじ込み、青戸号のスタンドを上げた。
今の下卑た野郎、そう、鯔背伍右衛門である。
人に言えるような志もなく、もちろん勉学に励むでもなく、おまけに言動に品もない。青春の時を帰宅部にてただいたずらに消耗する、万年補習者筆頭候補。そして、俺の友人。
それが鯔背伍右衛門である。
鯔背の家は黄根にある。黄根の端っこだから、こっから自転車で20分ぐらいか。コンビニでも寄ればちょうどいい頃合いだろう。
俺の真紅のママチャリ、青戸号は走り出した。
最初のコメントを投稿しよう!