第一話

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   俺の読書傾向は激しくミステリー小説に傾いている。自分の部屋の本棚を埋めるのは専らミステリーだ。    別に血生臭い殺人事件が好きなわけじゃない。ミステリー小説と言えば殺人事件という図式は成り立たないだろ?  フーダニット、ハウダニット、ホワイダニット。それにノックス、ヴァン・ダイン両名のお許しが出ればミステリーって呼べると思う。十戒も二十則も俺はそんなに大事じゃないと思うけど。    だから何も人が死ぬ必要なんかない。最近流行りの人が死なないミステリー、いわゆる『日常の謎』。俺はどっちかと言えばこっちのが好みだ。  それに倒叙とか叙述とか合わさったら最高だな。    伏線回収とか本格トリックとか、複雑な面で敬遠がちな人も多いけど、考えてほしい。  謎が提起されてそれを解き明かして"おしまい"って、何にもましてシンプルなスタイルだと俺は思う。そこが好きなところだし。    まあそんなわけで、俺はミステリーが好きだ、と。  だからミステリー小説の棚の位置は、すぐにわかる。いつも入り口から最短ルートで行く。  棚の中の作家の位置も大方記憶している。それが変わっていると、新しい作家が増えたな、と心踊らせるのだ。    俺は棚の前で腕を組んだ。  さて、今日はどうしよう。クローズド・サークルの名手と呼ばれる作家と、日常の謎ミステリーの家元と呼ばれる作家。このどちらかにしよう、とまでは決めたのだが。  俺はふと閲覧用のスペースに目をやる。そこの壁は一面ガラス張りで、いつも暖かい日差しが差し込んでいる。午後の一時はゆっくりと流れ、優しい静寂が辺りを包んでいる。  俺は本棚に向き直る。二、三考えて一人で頷く。  今日は思いきり癒されようか。    『空飛ぶ山羊』と題された、人が死なないミステリーを手に取った。
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