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「あの、君は東高生の二年?」
あがりすぎで吃音での質問となる。とにかく話してみようと思った。
彼女は俺の質問に一瞬眉を下げる。表情には出さないが、少し嫌そうなのがなんとなく伝わってくる。
「ええ。それが?」
「俺もなんだよ」
そして舞い降りる沈黙。
彼女からしたら、だから何だよ、といったところかもしれない。
彼女は俺を品定めするように見てから、ゆっくりと瞬きをした。
沈黙を破ったのは意外にも彼女だった。
「あなた、くろいはやと?」
彼女は微かに首を傾げながら言った。
"早斗"をサトでなくハヤトと読む人は多い。というか字面で見た人はまず間違いなくハヤトと読む。恐らく明日、新しい担任も間違えると思う。
いやしかし、名前こそ間違えているものの、名字は正しい。意外なことに彼女は俺の名前を知っていた。そのことに俺は驚いた。
「そういう君は六波羅さんだ」
六波羅話子。ろくはらわこ、と読むこれもなかなか珍しい名前だ。
「そうだけど、何か用なの?」
六波羅はうんざりといった様子で言った。
何で名前を知ってるの? という返しが来ると踏んでいた俺はガクリと肩を落とす。
まぁ確かに、俺が六波羅のことを知っていること自体なんら不思議ではない。
俺の学年で『A組の六波羅』と言ったら誰もが知る有名人だ。一番遠いF組の俺のクラスでも、六波羅を知らない奴なんか一人いるかいないか。きっと三年生の大半もご存知だと思う。
六波羅を有名人たらしめるものと言えば、その美貌もさることながら、人格にある。
皆が持つ六波羅のイメージといえば、無口で無表情で冷静で淡白で気丈。
一部の者に至っては冷血、酷薄、無慈悲とまで言う。因みに俺もあながち間違いではないと思っている。
聞いた話では、中学時代に一人セクハラ教師を殺しかけたらしい。流石に嘘だと思うが、これを真に受けている奴もいる。
六波羅話子とは、つまり、そういう人間なのだ。
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