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「くろいはやと」
間違った名前だが、その声が六波羅の声だから慌て振り返る。
ソファーの後ろから六波羅は俺を見下ろしていた。思っていた以上に背が高く、俺と比べても拳一つ分ぐらいしか変わらない。
「私は読み終わったわ」
『アイツの席』はもう本棚に戻したようだ。
俺も慌てミステリーの棚に向かい、『空飛ぶ羊』を収める。すまんな、また今度読ませてもらうよ。
「ロビーに」
六波羅は言ってすぐに背を向けた。姿勢良く真っ直ぐに歩く姿を見て、俺も背筋を伸ばした。
それからその背中に向かって言う。
「俺の名前さ、"はやと"じゃなくて"さと"だから」
間違えられたまんまじゃ流石に俺も哀しいものがある。
六波羅は立ち止まり、少しだけ振り向くと「そう」と短く口を開いた。悪びれる様子はない。
俺の名前を間違えたところで、六波羅は何とも思わない。実に六波羅らしくて少し笑った。
「それで何を話せばいい」
六波羅は白い椅子に腰をかけ、テーブルにコーヒーを置いた。降り注ぐ陽光の中、湯気が立ち上る。
俺も向かいに腰を下ろした。
こうも判然と向き合うと、どうも気圧され気味になる。六波羅の眼とオーラに、俺には無い"品"と"格"が備わっているから。
俺は図太くもそれを無視した。
「ホラー小説が好きなのか?」
「よく読む」
少しも考えずに即答。無表情に必要な言葉だけ。
「ホラーって俺は苦手なんだけど、怖くないか?」
別に俺は怖いからホラー小説が苦手なわけじゃない。漠然としたオカルティックな何かに怯えるというスタイルが好かない。スプラッタなんてもってのほかだ。きっと偏見混じりだと思うけど、スッキリとした結末を求める俺には、少し合わない気がするのだ。
「怖くはない。
私は幽霊やその類いを信じてないから」
音もたてずにコーヒーを啜る。ブラックだろうに眉一つ動かさず。俺も甘いものは苦手だがブラックじゃあ飲めない。
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