第一話

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  「それで、本題は?」    六波羅の冷たい目が、俺を見つめる。何も見ていないようにも思えるし、全てを見透かしているようにも思える。  別に大した質問は用意していないのだが。そうだな、気になる事はこの際聞いておこう。   「噂で聞いたんだが、セクハラ教師を殺しかけたって本当か?」    六波羅の表情は少し硬くなり、眼力がいっそう強くなる。もしかしたら瞳孔が開いたかもしれない。  しまった。怒らせた。   「いや、すまん。言葉のアヤだ。セクハラ教師を撃退したって」  "殺しかけた"は少し穏やかじゃなかった。流石に失礼だ。    恐る恐る窺う六波羅の表情は、強張ってるわけでもなく、睨んでるわけでもなければ、眉間に皺をよせてるわけでもなかった。  いつもの無表情。いや、むしろ今までより少し柔らかい。   「……怒ってるか?」 「そんなことはない。ただ……」  六波羅はあくまで無表情に、俺をじっと見つめた。   「あなたは少し変。皆そこには触れないようにする。まるで禁句か何かのように」  六波羅は少しだけ遠い目をした。 「それをあなたは、随分と……」 「あ、いやすまん。デリカシーが無いんだ俺には」 「気にしてない」  六波羅は満足そうにコーヒーを口にした。   「それで、あの教師のことだったわね。……殺しかけたかどうか」  少しだけ皮肉な言い草。俺は申し訳なさに目を伏せた。  六波羅はそんな俺を気にも止めずに、なんでもないように口を開いた。   「否定はしない」    否定、しないのか?  てっきり尾ひれが付きまくった噂だと思っていた。  この目の前にいる女性が人を殺しかけた。その細腕で? 少し信じがたい話であった。   「殺しかけたと言うより、殺し損ねたと言った方が適切だわ」    些細な訂正に見えて、その実この二つは大違いだ。  "殺しかけた"なら危うく殺人を犯してしまうところだった。そうなる。  しかし"殺し損ねた"だと、 「殺す気満々だった?」  こうなる。  
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