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案の定六波羅はそうねという調子で小さく首肯した。もしかして、今でもその胸の何処かに殺意を抱えているのか?
「今は、もういいの」
六波羅は俺の心を読んだかのように言ってみせた。エスパーか? それならこの神秘的な雰囲気も説明がつくものだが。
「いいのか」
「いいのよ」
六波羅は打てば響くように応え、それから付け足した。「どうでも」
二つをまとめて口に出してみる。
「どうでもいいのか」
六波羅は無反応だった。コーヒーに口をつけ、テーブルにコトリと置いた。
本当に心の底からどうでもいい、ということがその仕草からありありと伝わった。
六波羅は退屈そうにあたりを見渡してから、俺に視線を合わせる。ぼんやりと俺を見ながらつまらなそうに口を開いた。
「人を殺すっていうことは、多分貴方が思うよりずっと簡単なことよ」
体がズシリと重くなる。辺りが暗くなって、冷ややかな空気が足下を走った気がした。
「人は簡単に死ねる。だから、簡単に殺せる」
低い唸り声のような耳鳴りがする。時間の流れが微睡むように歪んでいく。
「無論、私も貴方も例外じゃない。違う?」
問い掛けられて黒い世界から引き剥がされる。
今のは何だ。
六波羅に見つめられながら、その声を聞くと、酷く恐ろしい。エスパーどころではない。悪魔的な何かを俺は確かに感じた。
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