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サイクリングというのは素敵なものである。
青戸号は俺を目的地へ運びつつも自然との戯れも忘れない。
夏は青々と繁る木々の下で木洩れ日を受けながら風を切り、秋は赤々と続く紅葉のレッドカーペットを踏み締めながら木枯しで加速する。冬は白々とカゴに積もった雪もそのままに凍り付いた道で滑って転んで一笑い。
そして何より、春の陽光を浴びながら芽吹き出した緑を、ノロノロとペダルをこぎながら眺めるのが最高だ。
俺はこの春の日を全身で感じながら、ゆっくりと進んでいく。
公園前の通りは歩道が広くて静かだ。
道の端には雀の親子にタンポポの綿毛。桜は散り終えたが、あれは何だろうな。可憐な花が白く光っている。春の七草ってやつもそこら辺に顔をのぞかせているだろう。
これでペダルが勝手に回ってくれれば言うことなしだ。とか思ってると全国のサイクリストの皆さんに怒られそうだな。
一人小さく笑いながらいると、右隣を何かが駆け抜けた。漆黒の自転車だ。
シャーという車輪の回転音に顔を上げると、運転手と目があった。
「ぷっ」
そいつは、吹き出した。にやけ面を見られたようだ。
前を行くその失礼なサイクリストは、肩までもない短髪を風になびかせながら、未だにクックックと笑っている。
なんだコイツは。
少し腹が立って、自然とペダルを踏む脚に力が入る。左右左右左右左右。グイッと押し踏めば、サイクリストとの距離は瞬く間に縮まり、左側を風のように抜き返した。
と思ったらまたすぐに抜き返された。
なんだコノヤロー、とでも言うような表情で俺を見据えていた。
……うん? あれ?
黒目がちだが大きな目。朱のさした唇。頬を染める桃色。
女じゃないか。それも女の"子"と特筆すべきタイプの。
黒いジャージ上下だからわからなかったが、紛れもない女だ。小柄な少女が自転車をこいでいる。
彼女は自転車をこぎながら、肩越しに俺を見る。その目は挑発的な光を発しており、どうやら俺を試しているようだ。
とするならば、負けられない。
女より男のほうが優れている、などという男尊女卑めいた考えを持っているわけではない。今はジェンダーフリーの時代だ。
しかし、こと自転車においては俺にも矜持がある。どう考えても女性に負けることは許されない。
負けられない戦いが、そこにはある。
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