30人が本棚に入れています
本棚に追加
「わわっ」
突然背後から現れた俺に気付き、彼女は驚きの声を上げた。
そんな彼女を肩越しに見ながら俺は笑顔を作った。
「前、代わってやるよ」
疲労困憊の上の笑顔であるから、もしかしたらひきつって上手く笑えてないかもしれない。
彼女は俺の表情を見るとクスリと笑って、それからすっと真剣な表情を浮かべた。
「勝負だね」
言うやいなや彼女はスピードを上げた。
彼女の速さに近付いて、今一度彼女の技術の巧みさを感じる。その体重の使い方はサイクリストとして理想的だ。
彼女は瞬く間に俺の隣に並んだ。
そこからは両者譲らぬ並走になった。
抜きつ抜かれつのデッドヒート。双方抜かれても半馬身の差を許さず、すぐに抜き返すもんだから知らず知らずにどんどんスピードが増していく。
「君、ちょっと、ペダリングが、上手く、なったんじゃない?」
はぁはぁと息を吐きながら、切れ切れに彼女が言う。彼女の体力も底が見えてきたようだ。
「アンタの、おかげだ」
かく言う俺も余裕はない。呼吸を落ち着けてたら、その瞬間に大きく離されてしまいそうで。
「アンタから、盗んだ」
「なっ、ぬ、盗人!」
「勝てば、正義だ」
彼女は顔をくしゃっと顔を歪めて、俺を睨んだ。身体も顔もちっちゃいもんだから、睨まれても迫力は無い。
負けねぇぞ。俺は不敵な笑みでもって返す。
彼女と俺は同時に前に向き直った。
前方200メートル程先に公園がぽっかりと口を開いている。昨日の帰りに寄った児童公園だ。
俺達のゴール。
そう思った。きっと彼女もそう思っているだろう。熾烈な争いを経て、こうして隣に並び立つと、不思議と心が通じ合う気がした。
俺は隣の彼女を見る。その瞬間、彼女も俺を見たようで、ばっちり目が合う。
大きな目に浮かぶ瞳は綺麗なブラウン。
楽しい! そう語りかけてくるような輝きを放っている。
最初のコメントを投稿しよう!