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彼女は笑いながら指差した。その先にはお弁当屋がある。
あ? そんなところに弁当屋なんてあったか?
疑問を浮かべながら目を凝らすと、店の前にのぼりが出されていることに気付く。
『新規開店! デリ弁!』
そう書かれたのぼりの下端には、弁当箱にトンボがとまったようなマークも添えられている。
新規開店ってことは引っ越してきたのか。それなら彼女の事をまったく知らなかったのも頷ける。
「んじゃ、今日は楽しかったよー」
朗らかな笑みを浮かべながら言うと、自転車を押して隣の家と弁当屋の間に消えて行った。
独り取り残されて、茫然自失と固まった。あんなに勝利を喜んだのが恥ずかしくなってきた。
そもそも、最期の最後のラストスパート。どうやらあれは俺が加速したんじゃなくて、彼女が減速していただけだったようだ。
ゴールせずに家に帰りやがった。この場合、棄権てやつか? 俺の不戦勝? いや、まぁ戦ってはいるんだけど。……なんだか納得できない。
結局、どっちが勝ったのかはっきりしないままだ。
その時、弁当屋の影からトコトコと彼女が現れた。
「言い忘れたけど、ソレ使ってね」
彼女はそう言って手を振るとすぐに引っ込んだ。
ソレと言われて辺りを見渡す。俺は青戸号のカゴの中にソレを見つけた。
倒れたままだった青戸号を立て直し、カゴに手を伸ばす。
ソレは小さな薄いピンク色の紙切れ。見れば、クーポン券の類いだった。
『鶏の唐揚げ+2個!!』
素朴な字で書かれたこの券は、手作り感に溢れている。
券の右上に例の、弁当箱とトンボのマークを見つけ、それがデリ弁のマークなのだと知った。
こんなものいつの間にカゴに入れたのだろう。
思えば、この戦いの間、俺はほとんど彼女のテールランプ……じゃなくて反射板を見ていた気がする。
戦いの最中、俺のカゴにこいつを入れる程余裕を持っていた彼女。それに気付きもしなかった俺。
今一度考えてみれば、どちらの勝ちかは言うまでもないように思えた。
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