―転校―

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「え…っ転校?」 季節は初夏。 明日から衣替えだと新しいリボンを胸にかざしながらご機嫌だった結城は、母の一言にその笑顔を奪われた。 ちょっぴり散らかった六畳間のリビングで、結城の母が珍しくきちんと正座をして座っている。 神妙な顔をして、部屋から呼び出した娘にとても低い抑えたような声で喋りだした。 「そうなの、ほんと急で悪いんだけれね。ママ仕事でちょっと単身赴任になっちゃうのよ。今回行き先が海外だから、結城だけ残しておけないし」 結城の母は某出版社に勤めるキャリアウーマン。 主に取材が仕事の為、連日連夜、自宅を留守にしてホテルに宿泊することもしばしば。 母子家庭の貧しい暮らしを支えるには母の収入が第一、結城も自らの親の仕事柄は理解していたつもりだ。 「ちょ…ちょちょ。待って待って。」 しかし、結城は現在高校三年生。 明日は高校の部活の同級生を送る打ち上げの日。二次会では部員同士でファミレスに行く予定だった。 そこで三年の付き合いになる恋人の晶とふたりだけの三次会の約束もしていた。 「な、なんで?あたしだけ残るのダメなの?あたしだってバイトくらいしてるし、軽く生活はしていけ――」 「ちょっとやぁねえ、お馬鹿さん。あんたの安いお給料じゃお家賃払ってお仕舞いじゃないの。ここ、引き払っちゃうからね」 母は心底呆れ返った声音で、ぴしゃりと言い放った。長年、母子3人住んできた市営住宅。ここまでも引き払っちゃうなんて。 「え。マジ…?じゃあなに、あたし母さん達と一緒に海外行かなきゃなんないとか?」 訝しげに細い眉根を寄せて伺いたてると母はふるふると首をふり、何処からか取り出した地図を卓上に広げる。 「あんたはここ。」 そして、母が指を差したところを目で追って結城も覗いてみると。 そこは―… ―日本列島からちょっと外れたところにあるちいさな島― 梢島と称されていた。 「ママの両親と兄さん夫婦が住んでる梢島。あんたは汐と一緒にしばらくこっちに引っ越してこっちの学校転入してちょうだい。」 そのあと、ママからいろいろ聞かされたのはなんとなく覚えてる。 でもいちばんにショックが大きくて、全然頭にはいってなかった。 ―あたし、マジで転校しなくちゃいけないんだ。
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