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温もり
――何故、こんな事になってしまったのか……。
男は呟いた。
汚らしい身なりだが、それなりに整った顔の持ち主である。
跪いたその、視線の先に在るは茸。
ただただ小さく、地面から離れまいと、しっかりと生えている。
――教えてくれ、私がいけなかったのか?
男の悲痛な叫びに、応える者はない。
静かに流れる涙。
どんなに後悔しても、もう遅い。
その茸は愛される事を忘れ、愛する事を忘れた男に捨てられた、女房のなれの果て、なのだから――。
蹲り、泣きじゃくる男。
自分は今まで何をしていたのだろう、どうしてもっと、女房を顧みてやらなかったのか。
茸はただ、見詰めている。
男の背中を、愛してくれなかった事を、責めるように。
――嗚呼、二度と君を忘れない。だから戻って欲しい、君がいないと……私は……。
叫びは虚しく森へ、虚空へと抜け、消え入り、過ぎ去り。
それは決して、女房にも、茸に届く事すらなく。
ただ、男の涙だけが、渇いた大地を潤していく。
――こんなつもりでは、なかった。
虚ろな瞳を揺らめかせ、茸を通り越し視るは、何で在るのか。
やがて男は起き上がり、家へと戻ると鍬を手にする。
――独りに、しないでくれ……!
ふらふらと、覚束ぬ足取りで、鍬を持つ手を震わせる。
そして男は……茸の前に立つ。
――私が、悪かった。
幸福と、後悔の入り交じった笑みを浮かべ、呟く男。
その顔は涙で汚れ、見る影もなく。
それを視ている茸が、意地悪く揺れる。
静かに流れる空気。
さわさわと森を伝う風に、男の髪が、柔らかく揺れる。
――私が、悪かった……!
鍬を持つ手を振りかざし、男は自ら生命を断った。
流れる血潮と男の涙が、茸に散り逝く。
寄り添うように、離れ難いように、倒れる男。
茸は真っ赤に染まり、やがて落ち往く陽に染まり、妖艶なまでの紅と化す。
その地に最期に残るのは、ただただ茸ばかりなり。
男の愛を失って、今また手に入れたのか、するりと抜け堕ちたのか。
それは女房の復讐か、はたまた愛の、証であったのか――?
温もり感じず闇へと消えて、総ては茸の、知るばかりなり。
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