・一之巻。

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          夜叉      今までずっと、独りで生きてきた。  ミュージシャンになる事を夢見て単身日本にやってきた。  ただ夢だけを見て、言葉も通じず、独りで過ごす日々。  苦しい時も、誰か相談出来る相手などいなかった。    それでも孤独に、路上や小さなライブハウスで、歌って暮らしている。  いつの日か、自分が紡ぎだす音楽で、聴いてくれた人達が、幸せな気分や、楽しい気持ちになってくれたら良い。  そんな偉大なアーティスト、ミュージシャンになる事が出来たなら。    多分俺はきっと、それだけで幸せな気持ちになれる。  そう考えている時だけが、自分が孤独である事を、ひたすらに忘れられる時だ。    故郷を出る時、家族がお金を集めて、買ってくれたギター。  独り寂しい時、挫けそうな時、いつも夕暮れの原っぱに座り、紅く映える夕陽に向かってギターを鳴らした。    風に揺れる草村に、静かにたゆたう旋律。  そこから溢れ出る音符に重なる、屈托のない家族の笑顔。  輝くような陽に照らされて、ギターの旋律が、家族の笑い声となった。    流れだす涙を堪え、不意に止むその旋律。  懐かしい故郷を思い、大好きな家族を想い。  俺はまた立ち上がり、ここから先へ、歩き出す。    きっといつか、胸を張って故郷に帰れる日がくる。  それまでは独り、たった独りでだって、何だって頑張れる。  力強く、しっかりと両足で地面を踏みしめながら、ギターをゆっくりと抱え直した。    その帰り道、歩いていると、背後から金切り声のようなブレーキ音が響く。  驚いて振り向くと、目前にはトラックが迫ってきていた――。    途端に、抱えていたギターの弦が全て切れ、何故か悲鳴のような音を放つ。  驚いてギターを手放すと、その反動で尻餅をつく。  直後、目の前を通りすぎるトラックに、家族がくれたギターは鋭い悲鳴を上げて、トラックに轢かれてしまった。    残酷な文句を放って、行ってしまうトラック。  俺は粉々に砕けたギターを見詰め、呆然としていた。    大事な、大事なギターだった。  涙を流して抱えると、不意に足元に響く鳴き声。  小さな子猫が、俺を見詰めて鳴いていた。    子猫を抱えると、温もりを感じる。  顔を舐めてくれる子猫を抱き締め、ひたすら泣いた。  ギターでなくても感じる温もりに、故郷を出てから初めて心を打たれた瞬間だった――。
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