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『ずっとずっと、そばで見守っていますから』
夢の中の彼は、今日もあの日の笑顔のままだった。
写真が一枚も残っていない彼を忘れるのが怖くて、毎日のように笑顔を思い出す。
『沖田さんのあったかい心があたしの中に沢山遺ってるんですよ』
迷わず伝えた言葉には一つも濁りなどないのだけど、時が過ぎ行くに連れて、思い出が小さく霞がかってしまうのは、どうしてだろう・・・。
それが怖くて、眩しい日差しに照らされても瞼をきつく閉じていた。
「沖田さん・・・。」
あたしが呼び掛けると、変わらない笑顔で応えてくれるのだ。
「なずなさん!!まだ寝てるんですか!?」
淡い夢を遮るように襖がガラッと大きな音を立てて開く。
意地を張り、瞼を開かずにいると足音が近付き真横でピタッと止まった。
「本当に休みになると、起きないですよね、少しは成長して下さい。」
呆れたため息が聞こえるが、それでもなずなは布団の中に潜って行く。
「いい加減に起きて下さい!」
布団を剥がされ、仁王立ちの人物にしかめっ面を向けた。
「今日は出掛ける約束だったじゃないですか、早く用意して下さい。おじさん達に言って、朝ご飯抜きにしますよ。」
冗談には聞こえない言い方になずなはうっすら微笑む。
「テツくん、何だか土方さんに似て来たね。」
「……当然です。私はずっと土方さんの小姓なんですから。」
「そうだね。」
市村の言葉に頷くと、ようやくなずなも起き上がった。
新撰組の京での思い出は、お互い口にする事はない。
時々こうして何気なく話したりする事はあっても、それは一瞬ですぐまたどちらからともなく口をつぐんでしまう。
賊軍に対する風当たりが強いから軽々しく口に出来ないというわけではなく、まだ二人の間で新撰組の日々は笑って話せるまでの思い出にはなっていなかった。
庭に淡い花を咲かせる桜に手を触れる。
光が弟の為に持って来た桜は佐藤家に移動し、今年も小さい樹木をピンク色に染めていた。
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