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「なずなさん、行きましょう。」
顔を出した市村に思い出から引きはがされ無理矢理作った笑顔で頷く。
「ごめんごめん……。」
慌てて駆け寄ると、市村の笑顔もどこか儚げになずなを見つめていた。
時は傷ついた心を癒してくれているのだと思い込んでいた。
1870年、春…沖田との現世での別れから二年が経ち、埋まらない穴を精一杯笑って埋めていたはずなのに…やっぱり桜の季節になると、全てを思い出したように寒さで心が震えてしまう。
遠い幻を作り上げては追い掛け、届かない現実にまた一つ心に穴が開く。
どんな時も天に向かって笑顔を見せるって約束したのに。
「先に沖田さんの所に寄って行きますか?」
「あっ…うん……。」
市村の問い掛けに、とまどいながらも頷く。
今の自分は見られたくないけど、それでも行かないわけにはいかない。息を整えながら、墓地へと向かった。
「やっぱりまだ慣れないな。」
市村が照れ臭そうに短くなった髪の毛に手を伸ばしている。
「そう?そっちも似合うよ。」
先日、市村は何か決心したように『髪を切って下さい』となずなに頼み、頭上で結ばれていた長い髪をばっさり切り落としていた。
『土方さんのように』という注文は無視し、スポーツ青年のように短髪になった姿は爽やかで、やっぱりまだ幼さを感じさせる。
それは市村なりのけじめだったのだと思うけど、それは少しだけ寂しくも思えた。
また、自分だけが過去に捕われている……。
もちろん、前に進んでないわけではないのだけど、新撰組があたしにくれた日々はあまりに大きすぎて……立ち止まってしまうのだ。
「やっぱり沖田さんのお墓はどこよりも綺麗ですね、なずなさんのお蔭だと喜んでいるんじゃないですか?」
決して元気とは言えないなずなへの励ましの言葉に聞こえ、応えるようににっこり微笑む。
「…テツくんに励まされるようになったかぁ…。」
「えっ?何です?」
「何でもない。」
周りなど見えず、いつもキラキラした瞳で土方だけを追い、その姿を心配していたのはなずなの方だった。
いつの間に…心まで成長したのだろう。
手を合わせる市村に、自分が恥ずかしくて苦笑いを浮かべた。
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