1870年、桜の希…①

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「聞いてなかったけど、どこに行くの?」 手を合わせ続ける市村の背中に声を掛ける。 本当は自分も手を合わせて言いたい事はいっぱいあるのだけど、沖田を困らせるような言葉しか浮かばず、逃げるように早々と立ち上がった。 「それは秘密です。着くまでのお楽しみです。」 含み笑いを浮かべる市村が背を向け、なずなの前を歩き出す。その後を首を傾げながら着いて行った。 江戸…というか、もうここは東京という地名に改名されてしまったけど、市村が町並みを楽しそうに歩く姿を見たのは久しぶりだった。 最初は人目を気にするように外出も控えて、表を歩く時は背中を丸めて罪人のように俯いて歩いていたのに…癒えぬ傷を抱えながらも、胸を張って歩く姿に少しだけ安堵した。 でも、市村の瞳にこの町の景色はどう見えているのだろう。 あれだけ掲げた攘夷は何だったのだろうか…という程に欧米文化の波が少しずつ広がっている。シルクハットに蝶ネクタイ、中にはきらびやかなドレスを纏う女の人もいた。 きっと、ここからあたしがいた元の時代へと文明開化が進んでいく。 ここに来たばかりの頃はその日が一日でも早く来る事を望んでいたけど、今は複雑だ…。 この日本を一緒に見たかった人は、もう隣にはいない。 「なずなさん、あれ見て下さいよ。」 後の文明を知らない市村は、珍しい物を見つけては全てに反応している。 (そういえば、きちんと正体を明かしたのは坂本さんだけだったな) 境内での会話が懐かしかった。 『生きて見守って欲しい』と坂本に言われた通りになって、喜んでくれているだろうか? ボサボサ頭とよれよれの袴が坂本龍馬と知った時は多少の幻滅はあったけど…この時代の基盤を作り上げた人間なのだ。 時代の代わり目を目の当たりにすると、本当に『すごい』以外に贈る言葉が見つからない。 「ありました!ここです!」 声を弾ませ、市村の足が止まる。商店街の一棟で、食堂のようだった。 (ここに何があるんだろう) 中に入っていく市村に、首を傾げながら付いて行く。 「こんにちは。早速伺いました!」 市村が声を掛けた年配の女性になずなも目を向ける。 (えっ…) 瞬間、自分の目を疑った。
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