―渡瀬 翔―

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 それは、新年度も始まってすぐの、桜もこれでもかという程の満開ぶりを見せつける頃の事だった。  高校二年になる翔は、別段感慨を覚える訳でも無く、ただ僅かばかり気を引き締めようと密かに決意したり、終わらない課題に火をつけてやろうかとライターをカチカチしたりしていた。  とある深夜。特にやることも無いまま生命活動の維持を行っていると、不意に電話が鳴った。  翔は華麗に、機敏に、優雅に、しかし無駄を微塵も感じさせない名状しがたい動きで電話を取った。 「誰ですか、こんな夜中に掛けてくる非常識極まりないモラルの欠如した脳細胞崩壊野郎は」  翔はあくまで慇懃な態度で言った。 『……翔さぁ』  受話器の向こう側から呆れた様な声が聞こえてくる。 『いつも思うけど、僕じゃなかったらどうするつもりなの?』  男の声だ。 「案ずるな。こんな時間に掛けてくる奴なんてお前くらいしか居ない、通明」  電話を掛けてきたのは、翔の古くからの友人、藤川通明(ふじかわ みちあき)だった。  幼年の頃はいつも共に居た仲である。  小学校に上がる直前、通明は引っ越してしまい、現在は隣の府に住んでいる。 『そうなの? なら別に良いけど』 「俺は迷惑だが」  別離した後も折に触れ会って遊んでいた。 『連れない事言わないでよ。ちょっと報告があるんだ』  苦笑しながら通明が言う。 「ほう。言ってみろ」 『来週さ、うちの高校で文化祭があるんだ』 「早いな」 『うん。新入生の歓迎も兼ねているらしいからね』 「ふむ、それで?」 『翔にも来てほしいんだ』 「面倒だな」  翔は退屈そうに答えた。 『うちの高校、可愛い娘多いよ』 「行く」  通明は受話器の向こうで大笑いをかました。  翔は受話器を耳から遠ざける。 「うるさいぞ通明」 『や、ごめんごめん。あまりにも即答だったから』  翔は溜息を一つ。 「で、何時だ? その文化祭とやらは」 『来週の土曜だよ。一応前夜祭もあるけど、それはどうする?』 「行くさ、宿はお前の家で頼む」 『わかった、楽しみにしてる』 「右に同じだ」  そう。  これが、始まりだった。
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