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 今ではもう慣れたが、家が坂の途中にあるもんだから、最初のうちはなんだか変な感じだった。中は真っ直ぐなのに外に出ると体が斜めになるからだ。その坂をのぼって公園に向かう。片道十五分のお決まりの散歩コースで、チョコがうれしそうにのぼっていくのを、リードを引っ張ってなだめる。  折り返してくると前からおばさんが歩いてきた。  「あら、こんにちはアキラちゃん」  「こんにちは、おばさん」  「チョコちゃんのお散歩?偉いわねぇ」  「僕の仕事ですから」  それから数分話した後に別れた。おばさんは向かいに住んでいて、朝学校に行くときにいつも挨拶をしてくれる。  家に着いた途端チョコが吠え始めた。こんなに吠えることは珍しいから驚いたけど、近所迷惑になるので家に入れた。すると猛ダッシュで階段を駆け上がっていった。小さな体で高めの階段を一段ずつ上がっていく姿を可愛いなとか思いながら見ていると、チョコが僕の部屋のドアを前足で引っ掻いている。何事かと思って急いで上りドアを開けた。チョコがベッドに向かって吠える。見たことのない男がそこに立っていて、僕のことをじっと見つめている。真っ白な肌に二重の大きめなグレーの瞳。普通ならこんなこと思ってる場合じゃないんだろうけど、とても綺麗だと思ってしまった。刹那、男は消えた。男が立っていた場所には、一週間に買った古ぼけた本が開いた状態で置いてあった。  しばらくその場に立ち尽くしていた。ベッドの上の本を取り上げて本棚に戻す。  「なんだったんだろう、さっきの」 誰に言うでもない呟きが、部屋に低く響いた。
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