壱・散る桜

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「それはそうと大王さま。今日私がこちらに参ったのは、先日宮の近くで拾ったこの匂い袋の件なのですが……」 話を打ち切るように、入鹿は懐(ふところ)から深い藍色の小袋を取り出して、側にいた采女に渡した。 受け取った采女が、ゆっくりと大王のほうに歩み寄る。 「この色と紋様の直衣(のうし)を、漢皇子(アヤノミコ)さまがお召しになっているのを拝見したことがございまして……。もしや漢さまのものではないかと、大王さまにお伺いを立てに参ったのでございます」 漢皇子。 先の帝・田村皇子(タムラノミコ/欽明天皇キンメイテンノウ)に嫁する前に、高向王(タカムクオウ)という地方豪族の人間との間に儲けた、大王の一番上の皇子である。 額田はまだ一度も、彼とは面識がない。
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