序幕

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ある山奥の古い御屋敷で、1人の老人が住んでいた。 老人は、自室のベッドに横たわり、窓から見える景色をぼんやりと眺めていたのだった。 老人の傍らには、黒衣を纏った1人の青年が佇んでいる。 その青年は、漆黒の髪に、綺麗な顔立ちだが、その瞳は、赤紫色で冷めた様な目をしていた。 どう見ても、この家に仕える使用人には見えない異様な雰囲気があった。 この奇妙な青年は、一言も話さず、黙って老人の傍らに佇んでいる。 「儂は、もうすぐ逝く…」 老人が弱々しく言うと、青年は、表情を変えずに目だけを老人に向ける。 「それが貴方の運命……人間にはいつか別れがくるものだ。それが早いか遅いかだけの事」 低いが不思議と耳に残る声で青年が話す。 老人は、皮肉っぽく笑うと青年を見た。 「お前には、無用な事だな。儂が逝った後、この屋敷は好きにするがいい、縁もない儂の死に水を取ってくれた礼だ。不便な山奥の屋敷で良ければだがな…」 「それは有難い。雨風が凌げる上、静かに眠れそうだ。私は、喧騒が苦手でね」 青年は、口元に僅かに笑みを浮かべた。 老人は静かに笑いを返すと瞳を閉じた。そして、二度と目覚める事は無かった。 黒衣の青年は、静かに最期を見送った。
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