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ベンツの乗り心地は、相変わらず素晴らしかった。
屋敷の玄関で待っていたお父さんに私達の決意を話すと、お父さんは「おめでとう」と笑ってくれた。
旦那様と私、お父さんの三人で乗るベンツは、乗り心地とは逆にちょっと気まずい感じがする。
さっきから、誰も喋らないし。
ちゃっかりきちんとしたスーツに着替えた旦那様はずっと私の手を握っている。
不意に私の手を握る手に力がこもり、旦那様が口を開いた。
「相澤さん。」
お父さんもびっくりしたみたく旦那様を見る。
「私が相澤さんにした事…遊里さんにした事…本当に最低の事です。…申し訳ありませんでした!」
旦那様は深々と頭を下げた。
「旦那様…」
お父さんは呆れたように笑って、旦那様の体を起こす。
「…遊里は今、幸せだと言うんだ。…もう過去の話しはよそう。…これからは義理とはいえ親子になるんだから。…でも悪いと思うなら、遊里を世界一幸せな嫁さんにしてくれよ。」
「お父さん…」
止まっていた涙が溢れそうになる私。
旦那様は泣きながら何度もお父さんに「ありがとうございます」と繰り返す。
穏やかな空気が車内を包んだ。
「でも…旦那様が私を拒否したらどうするつもりだったの?見切り発車で屋敷まで行って…」
私が聞くとお父さんは目をパチクリさせた。
「遊里の話しを聞いてたら、海斗君が遊里を好きだって事くらい明らかだったぞ?…お前、鈍いんだな。」
「え!?」
「そうなんですよお父さん…」
「えぇ!?」
なんだか二人が急に意気投合し始めて。
私はいきなりアウェーに押しやられた。
車が我が家に着いた。
車を降りドアの前に立つと緊張で手が震える。
その手を、旦那様が力強く握ってくれた。
私は旦那様に微笑み、思い切りドアを開けた。
「ただいま!!」
パタパタとスリッパの音がして、お母さんがリビングから出てくる。
「おかえ……あら?お客様?」
言いながらお母さんの目線が下へうつって。
お母さんは両手を口に当てて頬を染めた。
「あらあらあらあら!」
きつく握られた手は、それでも離さなかった。
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