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あたしは何も言えず、花束の中に埋もれている黄色のガーベラを見つめていた。
「だから…奈々も、応援してほしいな。赤ちゃんが産まれたら、奈々にも抱っこしてほしいの」
「…うん」
両手で絡めた指先が、次第に震えていくのがわかった。
赤ちゃんだなんて。
結婚だなんて。
抱っこなんて。
そんなこと。
「…愛海」
「ん?」
顔をあげた愛海の顔は、すでに【お母さん】の影をつくっていた。
子供らしくて幼くて、無邪気な愛海の姿は、なくなってしまっていた。
「産むの?」
「うん、決めたんだ。変わらないよ」
「学校は?」
「…やめる。育児しながらなんて無理だから…リュウ君はもうやめて、いまは工場で働いてるよ」
「…住むとこは?」
「とりあえず、マナの実家に。リュウ君は片親だから、迷惑かけられないしさ」
そしてしばしの沈黙が、あたしたちを取り巻いた。
その沈黙はかたい石のようで、だんだんあたしの心を、心臓を圧迫してゆく。
これは、現実なんだ。
愛海はもうすでに、あたしの手から離れていたんだ。
いつから?
ねぇいつからなの?
いつからあたしたちの道は、こんなに違った?
二年生になってから?
笹岡と出会ってから?
笹岡と身体を合わせてから?
いつから?
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