俺の非日常

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   今日は見事な春空。  ラベルに青色と書かれた絵の具のボトルから出る素直な色とは違い、実にバランスのとれた濃度の蒼天が背景に描かれている。薄く延びた雲を始め、遠くにあるにも関わらず、実に輪郭がくっきりと立体的に描かれた雲までが存在し、そのどれもが形状を変えることなくゆったりとスライドしてゆく。  仰向けになっている為か青空以外は何も存在しない。小鳥の一匹くらいは飛んでいてもいいと思うが、面白い程何もないのだ。青空を除いては。  無風とは言わないが、肌に感じる事ができるかできないかぐらいの微風(そよかぜ)が頬を掠めていく。  不意にヒラリと舞い降りてきたのは、何処から旅をして来たのかも分からぬ一枚の桜の花びら。  いきなり俺の視界に飛び込んで来たそいつは、最終的に俺の頬の上に落ち着いた。頭を支えにしていた両腕の一方を解放し、その片腕で頬についたそれを摘んで視界の中心にまで持っていった。  鮮やかなピンク色。視界の中心にはこれまたバランスのとれた鮮やかな色が加わった。  一つの画(え)に成り得そうな程、色の調和がとれた春の景色。 「やっぱりここにいたんだ」  いつの間にか眠りに落ちていた俺の耳に、不意に届いた懐かしい声。瞬時に目を覚ました俺はパッと上半身を起こし、右へ左へ頭を回して辺りを確認した。  少し強めの、けれども心地の良い春風が舞う以外は、眠りに着く前に見た光景と何も変わっておらず誰もいない屋上のままだった。  夢か現実か、それは定かではない。記憶に残っていない夢での出来事か、はたまた春風に乗って空から運ばれて来た声なのか。一つ言える事はその声は確かにあいつの声だった。  そう言えば、意識が無くなる前に手の中に握りしめていた桜の花びらが無くなっていた。握りしめていた手が寝ている内に自然とほどかれ、桜の花びらはこの春風に連れ去られたのかもしれない。  意思に反し動かない身体を鞭(むち)打つように無理に立ち上がらせ、恐らく砂埃(すなぼこり)などは付いていないだろう制服のズボンやシャツを念のためパンパンと手で叩(はた)いた。  
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