俺の非日常

4/6

19人が本棚に入れています
本棚に追加
/27ページ
 この手紙を見ると歯痒(はがゆ)い思いが体中を血液の如く駆け巡る。この手紙の差出人はあいつ。  この手紙は、約束を破った手紙。  昼休みにスピーカーから流れ出す音楽は、校庭で身体を動かして遊ぶ陽気な奴らが騒ぐ声に掻き消され、ガラス越しに照りつける太陽は柔らかな日影を教室に落としている。  やはりこの学校での時計の針は日常という名の次元の中で廻り続けている。ただ一人、俺を除いては。俺の中の時計の針は非日常を指していた。  日常にはいられなくなった。いや、日常はもう必要ない。あいつのいない日常なんて日常じゃない。  日常は、あの日から非日常となった。 ******  学校も終わり部活に入っていない俺は、帰り支度を整え早々に教室を後にした。正確に言うと部活はあの日を境に辞めた。  部活に精を出す生徒達で溢れかえるグラウンドの脇を通り、校門まで向かって歩いていたその時。 「おい、待てよ達也!」  そう言ってきたのは、サッカーボールを脇に抱えて走って来た健太だった。中学のサッカー部時代からの親友であり、偉そうに言えた口ではないが、俺と健太は中学の時、県では名を馳(は)せた選手だった。    「いいかげん部活に戻って来いよ!」  続けざまに健太は荒々しい声をあげる。健太は俺の目をしかと捕らえ、俺は健太に虚ろな目を向けていた。「わりい」俺は一言そう言うだけで、何も振り向かずに健太の横をすり抜けて行った。  すれ違う刹那、健太が何かを言いかけ、ボールを持っていない方の手を俺の肩にかけようとする仕草を見せたが、俺が何の反応もしないせいか、その手は戸惑ったあげく遂には引っ込められた。  俺は校門までの道中、一度たりとも振り返らなかった。でも何となく――何となくだけれど、俺が校門を出るまでの間、健太が俺の背中を淋しそうに見守っている気がした。
/27ページ

最初のコメントを投稿しよう!

19人が本棚に入れています
本棚に追加