俺の非日常

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 車の通りが少ないわき道を行き緩やかな坂道を上り、目指す先は桜の木が咲き誇る小高い丘の一角。  一歩一歩、足場を確かめながら急な階段を上り、上りきった先に見えたのは咲き誇る満開の桜。数本の桜は丘を取り囲むように植えられ、そんな丘の中央には一際(ひときわ)大きい桜の木がある。  少しでも強い春風が吹き付ければ、満開の桜の木々は一斉にその花びらを散らす。川に浮かび流れる落ち葉のように、数百の花びらは風に乗って流れ、時にはその身体をクルクルと回転させたり、またある時にはユラユラと蛇行したり、予測不可能なその華麗な舞いを丘の上空で繰り広げている。  少し小高い丘に位置するこの場所は、落ちないように建てられたガードレール越しに景色を臨めば俺が住む町を一望できる。  眼下に広がる町並みのさらに奥、遠くに見える山々は冬の厳しい寒さを乗り越え、ようやく彩(いろど)る葉を繁(しげ)らせた木々たちが顔を見せている。  所々見える白色や薄いピンク色は山桜だろうか。  空は相変わらずの晴天振りを発揮し、屋上で見た時と何一つ変わっていなかった。  この場所から見える景色も、春の画(え)の一つだった。    「海外って、桜の木ってあんのかな?」  そんな小さな疑問を口にしてみたけれど、勿論返答などある筈もない。気の抜けた声はどこに反射して響くでもなく、春風に呑まれ空気に溶け込んでいった。 「多分ないんだろうな、桜の木。あいつ大好きだったのになあ。毎年見れないなんて、なんかやるせないよな」  可哀想だ。口には出さなかったけれど、率直な思いはそんな内容だ。  少しの余韻をその場に残し回想するように思い耽(ふけ)った。  あの時に比べると今のような覇気のない生活は生きている心地がしない。毎日が安っぽくて、心にぽっかりと空いた穴は何をしても埋まる事はなかった。  俺という人間の芯は案外脆(もろ)く折れやすいものだった。人、一人がいなくなっただけでここまで落ちぶれてしまうのか。俺が落ちた先は、まさに奈落の底。  眼前に聳え立つ壁は高く、そんな壁を越えるには、俺は余りにも小さく勇気もない。俺のような奈落の淵にいるダメ人間には到底越える事など能(あた)わない。
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