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「お前が行ってから、もう二週間か。時が経つのは早いな、あっという間だ」
消え入りそうな声。
非日常となったあの日から俺の中にある時計の針は止まったまま。再び進み出す時期はいつになるだろうか。
「いきなり過ぎるよ、ほんと……。お前に言いたかった悪口とか嫌みとか自慢とか、沢山あったのに。それに、今年も一緒に行こうって約束したろ? この丘に来ようって、満開になるこの時期に」
そこで俺は一呼吸置いた。
空を仰げばそこには新たに飛行機雲ができていた。奥に聳える山々の背中から、丁度、墓地の上空を横断するように、その飛行機雲は描かれている。
「なんで何も言ってくれなかったんだよ……一言伝えてくれれば良かったのに」
拳をきつく握りしめる。
「くそ!」
鈍い音とともに拳に痛みが走った。俺は桜の木に行く宛のないこの怒りをぶつけた。八つ当たりだと理解しているつもりだ。みっともない事も、重々承知の上。
でもやはり、モノにあたる事しか俺には出来なかった。
「俺、やっと気付いたんだ。お前がいなくなって、始めて。いや、もっと早く気付いていたのかもな、気付かないフリをしていただけなのかも……」
桜の木が風に煽(あお)られ、木の擦(こす)れたカサカサという渇いた声を上げる。
「お前は俺の事どう思ってたんだ?」
そんな俺の語りかけにも、当然何も反応してくれる訳でもなく、ただただ不動のまま時が過ぎるだけだった。
時折吹く強い風に後押しされてか、桜の花びらは旅立つ決意をしたのだろう。その度に散る桜は儚いものだと再認識した。まだ春だと言うのに、その一瞬の美しさが為に咲き誇り、短い間に全て旅立っていくのか。
このまま俺を、桜の花びらように風に連れ去って欲しかった。廃墟となった俺の心が風化して全て砂へと変わるのも、今となっては時間の問題。
積み上げてきた自信とか希望とか、そんなものは儚くも脆い。
毎日意味もなくここに来るようになり、いったい俺は何がしたいのか。ぶつけようのないこの思いはどう始末を着ければよいのか。
何も見いだせず、ただただ非日常が流れてゆく。
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