傘とタオルと

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 放課後の独特の解放感も、この日ばかりは鬱々とした空気に根負けしたように、すっかり引っ込んでいる。あるいは篠突く雨が原因かもしれないが、おおかた前期期末テストを明日に控えてのことだろう。ホームルームで担任が下手な煽りを入れたせいで、雰囲気がピリピリどころかウダウダに変わってしまった感もある。担任のあだ名は空気よどまし機。略して‘KYK’である。  テスト一週間前の昼休みであろうが漫画を読みふけっていた俺も、今日は気合いを入れなければならない。俗に言う一夜漬けだ。  とはいえ、やはり惰性というものは恐ろしい。今までやろうとしなかったことは急にはできず、いまいち勉強に身が入らない。  ブースターのある自習室は三年で埋まっているし、図書室は真面目くんたちが醸すお熱い空気が近寄りがたい。そこで教室を選んでのこ勉をやっていた俺は、窓の外をぼーっと眺めていた。先ほどまでの地を叩きつけるような雨もきまぐれなもので、雲の落とし物は煙(けぶ)るようなひ弱い水滴へと移ろっていた。  ふと、テニスコートの方からボールを打つ音が聞こえてきた。どうやら雨の音に掻き消えていたようだ。今し方気がついた。サーブ練かな……。  こんな雨の中で、しかもテスト前日にコートに立つ馬鹿は一人しか知らない。佳奈だ。今日もびしょ濡れで登校してきた。同じクラスにいるが、あいつは真面目なのかどうか今ひとつわからない。ただ、事実として、俺は佳奈のストイックなまでにひたむきなところに惹かれていた。自分に決定的に足りない何かがあるとしたら、それは佳奈のそういうところだ。  おもむろにカバンを取り上げて、昇降口へと向かう。  傘忘れてた。  教室にとんぼ返りして、今度はテニスコートまで歩いた。外気がひんやりと柔らかい。コート前のピロティには、少し濡れたラケットバッグがある。その横に傘を置くと、辺りを見回して佳奈を探した。いた。手洗い場横の冷水器で水を飲んでいる。俺は足をしのばせて後ろから近づき、頭にタオルをかけてやった。 「ひゃっ!?」  似つかわしくない甲高い声を上げて佳奈は振り向いた。 「テスト前に何やってんの」  俺の顔を見た佳奈は気が抜けたような表情をして律儀に答えてくれた。 「大会が近いから」  そんなことは知っている。俺は文句をつけたい衝動を抑えてきびすを返した。 「風邪は引くなよ」  
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