中盤ノ弐

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「俺も未熟だなぁ。魔力はからっぽ、体も動かねえ」 もはや防ぐ術はないと知り勝利を確信したベスは、ゆっくり口を開いた。 大きく息を吸い込む氷の悪魔の前で、ラリーは胸中でぼやく。 ――悪魔に騙されるなんて、出来すぎだろ。 情けなくて泣けてくる。弱音通りに芝居をうたれ、弱気からそれを信じてしまった。 やけに遅いベスの動きに、頭が変に冷静に働いた。これが走馬灯かと、死に際に人生を省みる刹那の時間を自覚する。先行する意識の中で、体は思い通り動いてくれない事を確認する自分の生存本能に苦笑が漏れた。 言葉は音にはならず、思考感覚だけが速く滑らかだった。 ――まだ生き抜いた気がしねえなぁ。二十五で人生終わりなんて短すぎだ。まだウルガイさんに恩も返せてないってのによ。 駆け出しの騎士だった頃、さんざん世話になった人を思い出す。 ――ウルガイさんは怒るかなぁ。褒めはしないだろうなぁ。 悪魔が息を吸い終えた。後は零下の白闇を吐き出すだけだ。 ――けどまあ、未来の騎士は逃がせたし、時間も多少稼ぎました。リュカが知らせてくれてるだろうから、後は大丈夫ですよね?それに俺も結構頑張ったんですよ? ここには見えぬ憧れに話しかける。 ベスの口から冷気が吐かれ始めた時、小さく笑った。 満足出来る結末ではないが、一つだけ誇れる事があった。 ――隊長、副隊長、ウルガイさん。あなた方のために命を賭けられて、本当に良かったです。 そう目を閉じようとした――瞬間、視界の端に知った顔を二つ見つけた。 一つは女みたいな顔をした細身の少年。その綺麗な造形が焦りと恐怖に染まっており、口が今にも叫び出しそうに開かれている。 もう一つは燃えるような炎橙色の瞳に強い光を宿す濃金の少女。こちらも表情を険しくして、間に合えとばかりに急いでいる。 二人の表情を見て、ラリーは瞬時に彼らの目的を把握した。 ――あんの馬鹿たれ共。 彼らの動きは遅く、ベスの気を逸らすにもラリーを救うにも至らない。時間の感覚が狂った自身だからわかる現実だ。 何故戻ってきたのか。命令違反も甚だしい。 だが、責める気にはなれなかった。 あの二人は強く優しく情に厚い。冷静でありながら純粋さを併せ持つ。 ――若いなぁ。 ただ苦笑が浮かび、彼はセリとキースに顔を向けた。 「――」 口を開こうとした瞬間白闇に呑まれ、ラリーは微笑んだまま凍り付いた。
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