中盤ノ弐

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黄色い目を大きく見開き、燃える怒りを表すかのような黒い息を吐き、寒気を起こす叫び声が大気を震わせている。 凍り付いた森で咆哮をあげるその姿は、まさに氷の悪魔に相応しい。 ――鳥肌が治まらない。 セリは思わず自分の体を抱きしめた。その向かいではガルディスが尻尾を後ろ脚の間に入れて怯え、リオンも最大限の威嚇を見せている。 意識を保てる程度の殺気を初めて浴びた彼らは、本能的に恐怖に揺さぶられていた。 ――格が違うというのはこういう事を言うのか。 ベスが仁王立ちしているだけで肌が粟立つ。叫びを聞くだけで逃げ出したくなる。姿を見ただけで嘔吐しそうだ。 逃げ出そうとする足を叱咤して踏ん張りながら、悪魔に対面するキースが表情を歪めた。 この展開を予想していた少年は、心構えが出来ていた分動揺は少ない。だが――。 「…蚊を潰すのにそこまで怒る事ないじゃないか」 重い息を吐く。 そう、あの悪魔にしてみれば僕たちなんて蚊に過ぎない。ちょこまか動き回って苛立たせているだけだ。 誰しもあるのではないか。顔の周りを飛び回る蚊に苛立ちが募り、思わず声を上げてしまうような経験が。今のベスはまさにそんな状態だ。 ――ただ予想外なことに、怒りの沸点を軽く飛び越えてしまったようだが。 キースは静かに呼吸を繰り返し、杖を握り直した。 (蚊でも構わない。あとはどれだけ引き付けられるか…) 相手は手負いの怒れる悪魔だ。猛獣などよりも遥かに手強く、危険度は跳ね上がるだろう。 「ここからは少しの油断も出来ないよ!みんな気を引き締めるんだ!」 掛け声と同時に杖を振ると、それに合わせて土兵が動いた。顔を戻す悪魔に思い切り斬り掛かる――が、 ――ゴアァ!! 灰色の拳が土兵を打ち抜いた。首から上が弾け、大きくよろめく。 この事態に全員が驚いた。 ――速い。 怒ったベスの反応速度が、多少程度ではあるが先程よりも速くなっている。 舌打ちをしながらキースは土兵の体勢を立て直す。土兵はバランスもよくイメージしやすいから人の形をしていただけだから、大した支障はない。 それよりも問題は、奴の反応が速くなった事がどう戦況に影響するか。 二人と二頭は、それぞれの動きと回避可能距離を意識しながら悪魔に注視した。
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