中盤ノ弐

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城内は、コルザの城に比べても閑散としていた。彫像の類はそれなりにあるが、花などは全くない。見事なタペストリや絵画も見られたが、数は多くない。神殿にも似たコルセス学院の講義城とは違い、上品質素の最低限の装飾しかしていない。 四人は案内の兵士に従い、城の上へ奥へと進んでいく。だが不意に、チトセの足が止まった。 「チトセ?」 「いかがしましたか?」 リズの声に振り返った案内の者が青年を目に留め、丁寧な態度で尋ねる。使者として認めてくれたようだ。 だが青年はすぐには答えず、じっと先を見つめた後、こう訊いた。 「あのさ、もしかしてあの扉の向こうに女王様いる?」 彼の視線の先には、人が通るには大きい扉がある。蜂蜜色の石造りの壁に合わせたような白木で、どこか神聖な間への入口の様だ。壁際には小さめの通用口もあった。 「そうですが、いかがしましたか?」 何を言ってるんだと言わんばかりの顔で兵士が答え、学生達も首を傾げている。 (…わからないかね、このプレッシャー) 頭に疑問符を浮かべる彼らに首を振ってごまかし、チトセは溜息をついた。 ――まるで扉の奥に深海があるみたいだ。 何の変哲も無い扉が、今にも弾け飛びそうな程歪んで見える。重い暗闇に飲み込まれ、翻弄され、押し潰されるような錯覚さえ覚える。 (これが普通なのか、歓迎してくれてんのか) そこまで考え、つい苦笑てしまった。 ――いつもこんな威圧感があるのはヤダな。 訝しむ連れに何でもないと答え、「行こうか」案内の兵士を促した。 白木の扉の前まで来ると、兵士が通用口から先に中に入った。そしてすぐ、扉が重い音を立てながらゆっくり開いた。 ――途端に、夜を思わせる透き通った闇に飲み込まれた――ような気がした。 謁見の間には、天窓と大きな窓がいくつか設けてあり、昼前の日光が間接的に差し込んでいた。部屋も広く、床一面に足首まで埋まりそうな絨毯が敷かれている。装飾等はほとんどない中、壁に沿って立つ数名の兵士達が中身のない甲冑のように身動きせずに佇んでいた。 そんな中、彼らの視線を最初に釘つげにしたのは、奥の数段上の位置に窓を背負うようにしてある、一つ椅子だ。 ――正確には、そこに座する、人外の姫君だった。 青年は不意に思った。 (夜に来ればよかったな。そうすれば――) ――そうすればきっと、魂を奪われそうな程の美しさを見れただろうに。
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