中盤ノ弐

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扉が開かれるまで感じていたプレッシャーは嘘のように消えていた。だがそれを発して歓迎してくれた人物は、間違いなくあそこに座る人だろう。 それは、一目で解る、人間には有り得ない美しさだった。言葉では説明のしようがない、今ある言葉では表せられない美貌。 この姿を見た者がその美しさを表現しようとしても、言葉が見つからずに発狂してしまうだろう。 ――月の雫が形になったら、もしかしたらこんな風になるかも知れない。 そんな思いが刹那生まれた。 その姫は、総てが月のようだった。銀月色の髪は、床まで届きそうな光の流れ。同色の肌は、それ自体が発光しているかのように光って見え、端麗な造りの顔は人の域を越えている。椅子に座っているため背丈はわからないが、無駄を一切無くした体つきの上に月の光を編み混んだようなドレスを纏っていた。 銀月色に塗り潰された中でただ、二つの瞳だけが清々しい夜のような透き通った藍色をしていた。 静謐で厳かな空間の中、その人は際立った存在感を放って佇んでいた。 ――呼吸を忘れる。心臓が鷲掴みにされたのに、それすらも気にならない。 不意に学生達の膝が折れた。ゆっくりと、だが自然な動きで自分の体が跪ずいていく。 リズもグレンもファラーも、何故自分がそうしたのか解らない。当惑を覚えながらも、頭を垂れずにはいられなかった。 そんな三人を見て、チトセは口角を持ち上げた。 (わかるぜお前ら) ――この、自然に跪いてしまう、彼女の高貴な雰囲気が。 彼は再度姫に目を向ける。 (これがじじいと肩を並べる五支天の一人、『闇姫』ルナティア・ウノ・モルゲン) 闇の中にいて輝きを放ち、光の中でなお浮かび上がるような美しい人。 高嶺の花なんてものじゃない。決して自分のものには出来ない幻の花だ。恋慕する気も起きない。 そんな事を考えながら見入っていると、天上の歌声かと思うような声が言葉を紡いだ。 「そちは跪ずかぬのか?」 ルナティアが口の端をあげ幽艶に微笑む。それだけで常人なら虜にされ、魂が抜かれてしまいそうだ。 ――しかし、彼女の前にいる生き物は知る人ぞ知る、『天凌人外』とも呼ばれた者である。ただのヒトの訳がない。 青年は普段と変わらぬ苦笑を浮かべ、 「あんまり綺麗なんで見とれちまった」 普段と変わらぬ口調で返答した。
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