中盤ノ弐

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――あ、やべ。 静まり返った空気に、チトセはついいつもの口調で返してしまった事に気付く。途端に強い視線を感じ周りを見ると、怒りに震えるリズとグレンがおり、呆れ顔のファラーがいた。 (…見なかった事にしよう) 開き直って再び正面を向くと、闇姫は大して気分を害した様子もなく、ただつまらなそうにしていた。 「すまぬが妾はその類の言葉は言われ慣れておる。悪いが心にまで響かぬぞ」 「いや、こっちこそ月並みな事しか言えなくて悪い」 そう返した後に再びじっくりとルナティアを見つめ、感心したように息を漏らした。 近寄り難いとすら思える超越した美貌に、いつまでも聞いていたくなる声。陳腐な表現ではあるが、絶世の美女とは彼女の事を言うのだろう。 「しっかしその姿は綺麗じゃ収まらないな。それで人間じゃないってのは、ホントは神様なんじゃないのか?」 青年は笑いながらそんな事を言ってのけた。その発言に学生らは頭が床に減り込む程落とし、案内や部屋を囲む兵士が殺気立つ。 ――何だこの無礼者は。 悲しくも、金色の主にとってその反応は少し慣れたものがあったが、その友は頭痛を隠せず額に手を当てた。一方で闇姫は、この第一印象が奇妙な青年に興味を抱く。 これまで無数の賛辞を贈られてきたモルガ王だが、これほどあっけらかんと口にする者はいなかったのだ。 ――いや、そもそも、この闇姫を前にして跪ずかなかった者は数える程しかいない。 大抵は恭しく頭を下げながら褒め讃え、その上で何かを求める。無論、それは間違いではない。政治とはそういうものだ。 だがこの珍妙な人間は、裏などまったくなく思った事を口にしている。 「世辞でそこまで言ってくれている訳ではないようじゃな。ふむ、それには素直に感謝しよう。いやしかし、なるほど、ボルグレイが無礼だと言っておったのも頷ける。一国の主を前にして礼もせぬ者は、恐らくそちだけであろう」 軽い皮肉を漏らしたルナティアに、チトセが少しだけ肩を竦めてから慇懃に腰を曲げた。 「これは失礼いたしました、モルガ国女王陛下。恥ずかしながら地方の育ちなものでして。礼を失したならばお許しください。しかし陛下もお人が悪い。闇傀儡師から聞いていらしたのですね」 突如変わった口調に女王が我慢出来ずに笑った。 ――その笑顔のなんと美しい事か。どんな名画家でも、この美しさを描き残す事は叶うまい。
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