中盤ノ弐

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オルドの目が飛び出さんばかりに開かれた。その両目に、首を掴む腕を気にする事なく咳込む深紅の青年が映っている。 「ゴホッ、ゲホッ…おぇ…ペッ。キッツ…いい加減離してくんね?足着いてねえから苦しいんだけど」 口から零れそうな血が闇姫にかからないよう横に吐き捨てながら、心底迷惑そうにチトセがぼやいた。 ――有り得ん。 オルドはこのモルガという国の中でも最古の古株とも言える存在である。もちろんルナティアが生まれる前から城で働き、モルガを支えて来た生きる伝説のような男である。 だから解る。ただの人と思しき青年が、『闇姫』の攻撃に耐える異常さが。 その彼を持ち上げた状態のまま、ルナティアが返した。 「すまぬな。一時我を失った。その名を最後に聞いたのは千年以上前なのでな。それ故、そちが言うロカの事を聞くまでは降ろせぬ」 ――ハッ。オヤジ、あんた何したんだよ。 思わず苦笑が漏れた。 一国の女王を激変させ、尚且つ他国の使者を悪びれもせず壁に減り込ませる。 (俺じゃなかったら死んでるぞ) 平然とはしつつも、既に数本の骨にヒビが入り内臓も少し痛んでいた。優しくしたのは事実だろうが、恐らくは本気状態での手加減。並の人間なら気付かぬ内に潰れたトマトだ。 (何が恐ろしいって、たいした殺気もなしに殺意のみ込めてやってのけた事だよ。そのせいで反応が遅れちまった。ま、ほとんど見えなかったけど) 「そちは随分と疾くて丈夫じゃな。妾の押す力を後ろに跳んで軽減出来る者など、昨今おらなんだ。嬉しくてつい追い撃ちをかけてしまったぞ」 「ケホッ…そいつはどうも」 苦い顔で答えながらもモルガの王を観察する。今のルナティアは先程までの能面ではなく、表情もある。魅せられそうな美しい紅玉の双眸だけが変化したままだ。 簡単に言えば、話は出来そうな状態だった。 「さて、そちが知るロカについて教えてくれるか」 冷静だが圧力的に、疑問型で命令するルナティアに、チトセは口の端を曲げた。 「やだね」 ――その途端、空気が潰れた。 間違いなく重力が増した。押し潰されそうなプレッシャー。意識を失いそうな威圧感。全身の毛穴が総て開き、冷汗が滝のように溢れでる。そして彼女の放つ魔力は、目視はおろか触れられそうな程の濃密で、飲み込まれそうになる。
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