中盤ノ弐

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壁際に並び立つ甲冑群がガシャガシャと崩れ落ちた。ある者は魔力に当てられて気を失い、またある者は強烈な圧力に泡を噴く。 ――何故そこで断る。 彼らの恨みがましい視線がそう告げていた。 「そちは自分の状況が解らぬのか?」 紅玉の瞳に苛立ちが滲んだ。もはや物理的に青年を押さえ付ける必要もない程の圧倒的な重圧に、チトセはさらに減り込む。 ――これだよ。 冷汗にまみれながら、深紅の青年の口が歪む。 ――これこそが五支天だ。 「わかってるぜ。闇姫サマに命を握られてるとこだ」 大胆にも、深紅の青年は笑んだまま答えた。 「妾が使者を殺さないと思っておるのか?」 一言毎に増す圧力に、話す事も難しくなる。だが――。 「俺はただの使いっ走りだ。死んだとこでトマスの痛手にはなんねえよ」 彼はどこか楽しむように口を動かす。 自らの死について冷静な青年に、銀月の姫君は訝しげに眉をひそめた。 「ならば何故断る?命はいらぬというのか?」 その質問に、彼は当たり前のように答えた。 「俺は強制されるのが大嫌いなんだ。特に首を押さえられて自由もないような状態の時はな」 そう言うと、チトセは左手でルナティアの腕を掴んだ。細い――しかし、鋼よりも力のある腕だ。 ――その細腕を、力を入れて握る。 闇姫が目を見張った。この青年は鉄くらいなら握り潰せる力がある。それでも折れる闇姫の腕ではない。 ――驚いたのは、五支天の一人である自分の威圧を受けてなお、反撃する彼の強さにだ。 「俺から自由を奪うなら殺せ。あんたにとっちゃ時間はたいした問題じゃないだろ」 刹那、ルナティアの紅玉色の双眸が大きく見開かれた。 ――私から自由を奪うなら殺しなさい。 彼女の脳裏に一つの光景がフラッシュバックした。温かい、懐かしい、そして悲しい光景が蘇る。 ――そんな隙を見逃すチトセではない。 微かに緩んだ手を首から引き剥がし、体の痛みなど無視して、同時に顎を砕くつもりで蹴り上げる。 彼の爪先が顎を捕えた――が、感触がない。次いでそこにあった闇姫の影が薄れていき、消えた。 自分を束縛する力が消え、自分型に凹んだ壁から力ずくで出ると、コキリと首を鳴らしてチトセは正面を見据える。 そこには、玉座の前に立つ銀月の姫がいた。
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