中盤ノ弐

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――見えねえ。 チトセは軽く鼻息を吐いた。 彼の目をもってしても今の回避行動を捕らえられなかった。当たる確信があったのに避けられた経験もそんなにない。 同時に、いかにじじいが自分との戦闘で遊んでいたかが理解できた。 あのレベルの怪物がスリルを楽しむには、命の一つくらいは賭けないといけないという事か。 改めて遠さを認識しながら、青年は部屋を見回した。壁際には情けなくも崩れ落ちた甲冑達。愕然とした様子の老紳士。そして蛙みたいな格好で地に伏す連れ。 (おー、あいつら意識あるよ。成長したなぁ) 完全に巻き込まれた状態の学生達が、半ば何かを諦めたような目で彼を睨み上げていた。 ――もう好きにしろ。 思わず苦笑が浮かぶ。彼らはとうとう、チトセという生物を理解したようだ。 胸中で感謝と謝罪を告げ、青年は視線を戻す。 すると、ルナティアの前にはオルドと呼ばれた老紳士が立ちはだかっていた。 姫本人は未だに呆けたような顔で天井を仰いでいる。それはまるで郷愁に駆られたような表情だった――が、そんな事は関係がない。 「どいてくれ」 チトセが踏み出すと、オルドが顔を険しくして訴えた。 「待ってくれ。どうかここは抑えてくれぬか」 先程までの丁寧な口調ではなく、力のこもった武将然とした声だ。その響きは真摯で、今の言葉が冗談ではない事がわかる。 ――しかし、 「馬鹿いってんじゃねえよ」 チトセの周りの大気が揺らいだ。闇姫の重圧と魔力に満たされていた室内に、新な空気が混ざる。 ――その空気に、オルドの全身が粟立った。 バキリと部屋の窓にヒビが入る。それを皮切りに次々とガラスがヒビ割れていく。耳を澄ませば部屋全体からミシミシという崩壊音が発生している。 闇姫の威圧で既に限界であっただろうに、大気が震動するようなチトセの圧力がトドメとなった。 「そちらの姫さんは俺を殺す事もやぶさかではないって程の攻撃をしてきたんだぞ」 殺気が膨らむ。彼から放たれる重圧が、さらに部屋の重力を重くする。 「俺は俺の自由を得るために戦わなきゃならねえ。だからあんたの意見は却下だ」 彼はディオガからもらい受けた黒い外套を脱ぎ捨てる。 「もういっぺんだけ言うぞ――どけ」 ――瞬間、尋常じゃない殺気が嵐のように吹き荒れた。その凄まじさに闇姫の紅玉の瞳が彼に向く。
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