中盤ノ弐

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――その場の全てがひしゃげそうになった。 殺気の嵐に耐え切れなくなったガラスが砕け散り、光の雨となって降り注ぐ。生物はもれなく床に減り込むような感覚を覚え、意識はあっても呼吸が困難になった。 オルドは脊髄反射的に腰に手をやった。いつもはそこにある剣がない事を悟った時、彼は初めて自身の行動に気がついた。 (馬鹿なっ…!?) 愕然と見開いた目の横を冷汗が滑り落ちる。 ――剣があれば斬りかかっていた。 しかも恐らく、斬った時にその事が判るほど自動的に。ほんの一瞬だったが、本能が理性を押さえ込みこの深紅の生物の存在を消そうとした。 この強烈な殺気は、将に賢識拳神と拳を交えた際、彼を戦慄させたものだ。彼の怪物をもってして一歩退かせ、お墨付きをもらったものである。 しかし、それだけではなかった。 彼に集まる視線が変化する。驚きに見開き、鋭く細まり、混乱に歪む。 (何故だっ!?) 中でも混乱している老紳士が歯軋りした。 (何故――毛ほどしか魔力を感じぬ者にこれ程恐れているのだ!?) ――ゆらりと、青年の体からナニカが立ちのぼっていた。黒かと見紛うくらい紅い――その瞳と同じ深紅のナニカが、インクが漏れ出るように彼の周りを漂っている。 深紅の双眸に射抜かれ、その躊躇のない殺意に老紳士の背筋が凍る。 魔力量で言ったら確実に自分が上だという確信がある。なのに、この人間からは恐ろしい程の脅威を感じていた。 オルドが戸惑う一方で、学生達が表情を強張らせていた。三対の瞳が残らず円くなり、大き過ぎる驚きに言葉が出ない。 深紅の使い魔に魔力はなかった。今まで感じられなかった。あるとは言われていたが、信じ切れていなかった。 ――だが、今彼の体から漏れ出ているのは間違いなく魔力。ほんの微量だが、微かな息吹のようだが、確かにある。 何故突然? ――答えなど、一つしかない。 これまでに聞いてきた完全封殺式などの話が真実だったという事だ。彼にはちゃんと魔力があり、それが緑皇石の勾玉により文字通り完全に封殺されていたのだ。 魔力が漏れ出したと言う事は、石の許容量を越えたという事になる。 魔力は成長や修練で増やせる。一度切れれば二度と切れるまいと増え、毎日使い続ければ少しずつ増えていく。 そこで学生達は、ある疑問に当たり思わず唾を飲んだ。 ――あいつは一体いつからあれを着け続けてるんだ?
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