中盤ノ弐

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――呪い。 科学が日々最先端を更新し、便利な物が出回っていたあちらの世界では、そんな単語はフィクションの世界にしかなかった。 それが今、何の身に覚えもないこちらの世界で深紅の青年に降り掛かっていた。 「悪い。耳の穴かっぽじったからもう一回言ってくれ」 小指の先についた耳カスを吹き飛ばし、聞き違いだったらいいなぁなんて思いながら、彼はルナティアに頼んだ。 そんな青年を軽く笑いながら、姫は彼の右腕を指差す。 「まずは自分の腕を見てみよ」 彼女の言葉に、右腕に視線が集まる。チトセも促されるまま再度右腕に目をやると、先程まで巻き付くようにあったツタが跡形も無くなっていた。 ――錯覚?んな馬鹿な。 「錯覚ではないぞ」 心を読んだかのようなタイミングで考えを否定される。 「そちは妾に集中しておった故気付かなんだようじゃが、威圧を収めた途端戻っていきおった」 戻ったということは、何か元となるものがあるはずだ。しかし右腕には何もない。いつものように、刺青があるだけ。 ――ん? 不意にある考えが浮かぶ。この刺青、右の二の腕の真ん中辺りにあり、ツタが腕を一周、さらに蝶が三匹舞っている。そのツタの模様が、さっきの呪いのツタにそっくりだ。 まさか――。 「先程発動していたのはその模様――刺青か?それに組み込まれた術式じゃ。推測するに、効果に利点がない故呪いとなんら変わりはない」 ――へえ。 正直何を言っているのかあまり解らなかったが、はっきりした事一つある。 これを彫った人物は、故意に術式とやらを組み込んだのだ。 込み上げる怒りに魔力が同調し、瞬時に発動した刺青がそのツタをじわりと伸ばしだした。その様子を瞬きもせずに確認したチトセは、呪いの犯人を確信した。 「妙なモンくれやがって……あんのバカオヤジ!」 怒気が爆発し、魔力が膨れ上がる。刺青が敏感に反応、先程より強い魔力に、ツタが右腕全体に伸びた。 この刺青は緑皇石と同時期に、ロカからもらったものだった。だが、実は彫られた覚えはない。朝目覚めたらあった、みたいにいつの間にかあった。ただやったのはロカだって判っていたし、理由を聞いたら「格好いいですよ」なんてはぐらかしたから、聞いちゃいけないのかと思って聞かなかった。 ――けど、何が悲しいって、何も知らずに割と気に入っていた自分が悲しい。むしろ恥ずかしい。
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