中盤ノ弐

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複雑な色を湛える瞳と独白に、チトセは心の中で父に告げた。 ――こりゃあんたが悪いよ。 僅かな間沈黙が流れる。誰一人として発する言葉を知らず、ただ息のみを吐き出す。 だから、この沈黙を破れるのは、沈黙を作った者だけだった。 「――さて、話を続けるか、使者殿よ」 モルガ国王に戻ったルナティアが、コーセリアの使者を振り返り切り出す。 「確か使者殿らは、滞在期間中の調査への協力を望んでおられたな。オルド、どうじゃ?」 即座に老紳士が反応し、恭しく答える。 「は、ご要望の協力内容によりますが、問題はないかと」 「と、いうことじゃ。森を荒らさぬ範囲で好きに出入りするがよい。じゃが調査結果はこちらにも総て見せてもらおう。それで良いか?」 いきなり始まった交渉は、既に決着目前だった。 「おいおいいいのか?そんな簡単に決めて」 深紅の青年が若干呆れ気味に問う。しかし二人はにこやかに頷いた。 「構わぬ。そちらは我が友好国コーセリアの使者であり、そちはロカの息子じゃ。ならば信頼足りえる友であり、我らは家族も同然と言えよう。便宜は図って当然じゃ」 花の如く笑顔を浮かべる姫と紳士を見て、四人は同じ結論に至った。 ――ロカが生きていたのが嬉しいんだ。 何とも微笑ましい事だ。一時は国の敵にもなった男なのに、きっと消えてからずっと心配していたのだろう。この協力に対する即決は、感謝の気持ちと言う訳だ。 同時に、闇姫の口から出た信頼という言葉に、責任の重さを感じた。 今後は挑発的な行動は控えようと思うチトセは、連れを振り返るとアイコンタクトを交わす。 ――こりゃ断るのは野暮ってもんだぜ? それがわかったのだろう、学生達も頷いた。 「感謝する。細かい事はわからねえから、その時は逐一聞きにくる事になると思うけど、大丈夫か?」 「それは少々面倒じゃな。ならばこちらから魔物や森に詳しい者を一人送ろう。大体の疑問には答えてくれよう。どうしてもわからぬ時のみ、妾の元へ聞きにくるがいい」 ここに、チトセらがこちらで仕事をする権利が確保された。その上姫は素敵な提案をした。 「せっかくじゃ、夕餉に付き合え。そちの知るロカの話を肴に酒でもやろうぞ。勿論学生らも歓迎するぞ。このような男と共にいるのは辛かろう。苦労話でも聞かせておくれ」 断る事も恐れ多い申し出に、四人は畏まって了承し、笑いの絶えない晩餐を過ごした。
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