旭成次郎とマユリちゃん

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熱も下がり、すっかり風邪も治ったある日のこと。 あたしは初めて統吾の家にやってきた。 小さな花屋だが、お洒落でどこか落ち着く。 小物も季節事に変えているようで、ちょうどクリスマス用のリースやツリーが置かれていた。 ただ、店員である統吾のオレンジ色の髪がミスマッチしているような気がする。 「それに慣れたら、お前も立派な常連だ」 そう言うと悟はカウンターにもたれながら笑った。 その隣で統吾が鼻歌を歌いながら悟の注文の品をラッピングしている。 「そういえば、“視える”こと旭にもばれちゃったね」 「あー…そうだな」 統吾の指摘に悟は都合悪そうに自分の髪をかいた。 「なんのこと?」 あたしはそんな2人にわざとらしく首を傾げた。 「なんのことって…幽霊だよ。旭だって視ただろ?」 「幽霊? 幽霊なんてあたしは視てないわよ」 統吾は混乱しているのか頭にクエスチョンマークをいっぱい浮かばせる。 そんな統吾が面白くてあたしはクスクスと笑った。 ――あたしが会ったのはマユリと言う名の、元気な女の子だ。 幽霊なんかではない。 そんな屁理屈が2人に通じる訳もなく、あたしは自分に呆れながらカウンターに置かれた花束を手にした。 「じゃ、あたしは行くわね」 「うん。また来てね」 2人に別れを告げると、あたしは花束を持ち直してポケットからイヤホンを取り出した。 そのままポケットの中にある音楽機器のスイッチを入れる。 流れるのは、いつものようなセンチメンタルな曲ではない。 希望の光が見えるような、優しい曲ーー… あたしは、あの日と同じ夕闇の空の下を歩く。 違うのは、マユリが公園にいないだけ。 けれど、もういいのだ。 この空のどこかに彼女がいる。 それだけで、あたしは孤独感に苛まれることはない。 空を仰ぐと、冷たい冬の風が吹き抜ける。 腕の中にある真っ白な百合の花が風で揺れた。
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