高爪統吾と昔の話

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「その、刀也が言っていた奴って…」 俺は引き攣った笑みでちょうど刀也の真後ろを指す。 刀也も釣られて指さすほうへと視線をずらした。 俺は見つけてしまった。 いたのだ。もう一人の刀也。 青いスポーツバックを掲げた彼は、黙ったまま俺らを見据える。 そいつの目には輝きはなく、さとりんのような死んだ魚のようだ。 「おい、待てよ!」 刀也はそいつに手を伸ばす。 が、そいつは刀也に触れさせることなど許さず、刀也の腕は見事にすり抜けた。 驚いた刀也はごしごしと目を擦る。 きっと彼は目の錯覚を疑ったのだろう。 そいつはすり抜けるどころか、どんどん透明になっていったのだから。 やがて消滅したそいつを、刀也は目を凝らすように見回す。 いや、そいつを探すどころの問題ではない。 街灯の光すら見えないこの場だ。こんな暗い道の中、歩いたらさっきみたいに崖へ落ちてしまう。 だが、俺にはその心配はない。 「こっちだよ」 一度姿を視たらこっちのものだ。どんな微かな気配でも総吾がたどってくれる。 ただ、刀也はなんの迷いもない俺を不思議がっていた。 今となってはすっかりオープンにしているが、俺も昔は幽霊が視えることを隠していたのだ。 だから、俺があんなふうに刀也を探したり刀也の偽物を探ることができたのを刀也はこの日まで知らなかった。 刀也は俺に何も訊かずにただついてきてくれた。 刀也には、きっと俺たちをどこかへ導いてくれているあいつの姿は視えていない。 気づいてしまった。 もう、そいつの姿は俺にしか視えていない。 “彼女”はもう、生きてはいない。
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