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随分と奥深くまでやってきた。
秋のせいで枯れた木の葉は地面に落ち、禿げ散らかした木々が俺達の前にそびえ立つ。
月はちょうど木のてっぺんに昇り、月明かりが辺りを照らしてくれる。
彼女が立ち止まったのは、幹が太い針葉樹の手前。
これ以上は近づけない。近づきたくない。
ここは、俺なんかが踏み込んではいけない場所だから。
風に流れるのは、鼻が曲がりそうな程の腐臭。
いや、死臭。
「なんだよ…これ…」
刀也は鼻を摘むことなく、目の前の光景に立ち尽くした。
見えたんだ。
幹の太い木から、黒い影がぶら下がっているのを――…
“彼女”が、俺に訴える。
刀也は、今あそこで首を吊っている彼女に会っているはずだからって。
「先週の土曜の夕方…刀也、女の人のハンカチ拾わなかった?」
その言葉に刀也はハッとし、息を呑んだ。
「OLさんかな…髪の毛が黒くて、凄く大人しそうな人…あの時は、眼鏡もかけてたのかな?」
俺の言葉で、どんどん刀也の記憶が甦る。
『落としましたよ』
そう言って肩を叩いた女の人は、すっぴんなのか肌はボロボロで、寝てないのか目の下の隈があまりにも酷かった。
『大丈夫ですか?』
心配になった刀也は彼女の顔を覗き込む。
『へ、平気です』
彼女は慌てて刀也から視線をそらす。
でも、刀也は見過ごさなかった。
彼女の目から涙が流れたことを。
『本当に? 具合悪いなら言ってくださいね』
刀也は口をヘの字にするが、すぐに『しっしっし』と笑う。
そんな刀也の笑顔は彼女にとって眩しすぎた。
刀也は光の世界に住む人間。
彼女は、これから闇の世界に進む人間。
奇しくも、彼女が最後に言葉を交わしたのはそんな彼だったのだ。
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