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目の前に女の人がいる。
趣きのある着物を着た清楚で、綺麗な人だ。
大和撫子というのは、多分この人のことを言うのだろう。
だが、振り向くその人は随分と寂しそうな目をしていた。
なぜこの人はこんなに悲しい表情を浮かべているのだ。
「あの」
俺は声をかけようと手を伸ばした。
けれども、女の人はどんどん遠ざかっていく。
その先は常闇だ。
光なんて一切見えない。
それなのにどうして彼女はそんなところへ行ってしまうのだ。
止めようと思うがその途端、急に胸が苦しくなる。
意識が遠のく。
その前に俺は力を振り絞って叫んだ。
「待って!!」
しかし、起き上がるとそこに見えた景色はいつもの汚らしいワンルームの部屋だった。
俺の手はキッチンのほうに伸びたままだ。
誰もいないとはいえ、少しばかり恥ずかしく思った俺は羞恥心を抱きながらも空を掴み、そのまま額に手を置く。
ーー随分とリアルな夢だったものだ。
夢の中の息苦しさがまだ残っている。
こんな夢を見たのは去年以来だ…いや、あれは夢ではなかったか。
それでも決していい目覚めではないが、起きた瞬間女の子が上に乗ってないだけマシだ。
俺はうんと背中を伸ばし、大きく欠伸をした。
ーー 2年生になってからもう半月が経とうとしている。
しかし進級したからといっても、すぐに講義が始まる訳ではない。
入学式やらオリエンテーションやらで、最初の2週間ほどは講義をやらないし、出席も取らない。
要するに、俺たち学生にとって一番怠惰な時間なのだ。
サボりたいが、サボると真面目な悟君の蔑む視線が痛い。
面倒に思ったが、俺は重たい身体を起こし、干しっぱなしの洗濯物から適当にシャツとパーカーを取った。
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