柄沢悟と嘘

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「遠山…」 彼女の名前を呼んだものの、続ける言葉が出てこなかった。 統吾や種岡なら気の利いた言葉を一つや二つでたのだろうが、生憎、俺は慰めというのが苦手だった。 長い沈黙が再び流れる。 そんな俺たちを割り込むように扉がノックされる。 「邪魔するわよ」 ドア越しで矢尾の声が聞こえ、すぐにドアが開かれる。 「美波、そろそろ行くわよ」 その先から矢尾がひょこっと顔を出し、遠山に顔を向けた。 矢尾はその後、挨拶するように俺に向け手を上げる。 「具合はどう?」 「だいぶ良くなった。手間かけさせたな。恩に着る」 矢尾にお礼を言うと「いいっていいって」と手を横に振った。 「それじゃ、お大事にね」 遠山は罰の悪そうに俺が完食したお粥がはいった土鍋を持ち、矢尾と共に下がった。 「じゃーね、柄沢」 「お邪魔しました」 と、2人はお辞儀し、ドアを閉めた。 見送ろうとも思ったが力が出ず、 弟に任せて俺はベッドに横たわった。 「会う資格なんてない…か」 遠山の言葉が脳裏に巡る。 俺は恋愛沙汰は興味ない。 他人のなんてなおさらだ。 だから別れたら他人だの、友達以上恋人未満だの、俺にはさっぱりわからなかった。 恋人同志の「別れ」というのも同様だ。 それでもなんだか腑に落ちない俺がいた。 考え事をしているとまた扉がノックされた。 返事をする間もなく扉が開かれる。 きっと弟だろう。 「兄ちゃん、生きてる?」 心配そうに部屋を覗く弟と目が合う。 「美波さんとあすなさん送ったよ」 「ああ…ありがとう」 お礼を言うと、弟は「え?!」と素っ頓狂な声をあげた。 俺だってお礼くらい言えるというのに失礼だと思う。 「まあ、大丈夫ならいいや。下にいるからなんかあったら呼んでね」 と、弟はあっけらかんとして、すぐに戻ろうとした。 「瞑」 咄嗟に弟の名前を呼ぶ。 「なあに?」 弟は間抜け面で返事をする。 こいつに頼むのはなんだか癪だが、風邪をひいて動けない今、頼れるのはこいつしかいなかった。 「頼み事…聞いてくれるか?」 弟は間抜けな顔をしながらクエスチョンマークを浮かべた。
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