柄沢悟と嘘

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次の日のことだ。 弟が午前中のうちに俺の依頼をこなしてくれたので俺は遠山を家に呼び出した。 「珍しいね、柄沢君から連絡するなんて」 遠山は少し緊張しているように見えた。 俺も遠山に連絡するのは初めてだった。 しかもいきなり「家に来てほしい」なんて言うのだから遠山も驚いただろう。 「風邪は治った?」 「完治とは言わないが熱は下がった」 「そう…それならよかった」 目も合わせず淡々と会話する俺たち。 弟が気まずそうに目線を遠山と俺に行ったり来たりと移していく。 俺たちは今、寺の外を歩いている。 大榛寺には3つ建物がある。 俺の家、本堂、そして納骨堂だ。 弟を先頭に俺たちは納骨堂へ向かう。 参拝者はいないようで、今日も納骨堂は静かで空気がひんやりと冷たかった。 「こっちだよ」 弟が指を指しながら案内する。 熱に唸されながらも考えた俺の決断だ。 このまま放ってはおけなかった。 それがたとえ、彼女の傷口をえぐることになったとしてもだ。 弟がある棚扉の前に立ち止まった。 ここに来るまでに遠山も薄々気づいていただろう。 弟がそっと彼女に告げた。 「ここだよ。太田環さんの棚扉」 小さな彼女の背中が震えているように見えた。 …あの時俺は弟にこう頼んだ。 「太田環の棚扉を探してくれないか」 前日に太田の法事を手伝った弟はすぐに誰だかわかったらしい。 ついでに遠山の関連性も話すと弟は涙ぐみながら「俺に任せて」と快く受けてくれた。 あれだけ広い納骨堂だから時間がかかると思いきや、案外すぐに見つかったらしい。 遠山は一歩、また一歩と棚扉に近づく。 緊張しているか、取っ手を握ったままなかなか開かない。 俺はそっと彼女に手を添えた。 遠山はハッとした様子で俺を見たが、俺は顔を向けなかった。 ーー友達でも恋人でもない私は…環君に会う資格なんてないんだよ。 そう言っていた遠山だが、果たしてそうだろうか。 そこで姿を現した太田の遺骨を目にして、遠山は何を思ったのだろうか。 その答えは俺にはわからない。 ただ言えることは、ずっとあいつはここにいたのだ。 ここで、ずっと遠山を待っていたのだ。 扉が、開かれる。
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