七瀬牧穂と子犬のワルツ

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俺と牧穂は互いの目を合わせた。 ベンチの下でごそごそと物音がするからだ。 ここから得体のしれない何かの気配がする。 俺は背筋が凍りついた。 もうすぐ夏がくるのに全身に鳥肌がたった。 俺の足に冷たくてじめっとした何かがくっついたのだ。 恐る恐る足元を覗き込む。 「のわぁぁぁ?!」 俺は思わず声をあげ、ベンチから転げ落ちた。 いたのだ。 俺がこの世で最も嫌うあいつが! 「わぁ…」 俺とは真逆に牧穂は声を高くし、目を輝かせた。 「可愛い…」 なんと、牧穂は恐れを取らずそれに手を伸ばした。 「ほら、統吾。こいつ可愛いぞ」 牧穂がそいつを取り出し、俺が一番苦手な…犬を抱き上げた。 犬は犬でもまだ子犬。 赤茶の毛並みで、額に白い線が入った…多分雑種だろう。 俺の足に触れたものはこいつの鼻だと思うとぞっとする。 「あん!」 そいつは牧穂の腕の中で甲高く鳴いた。 その鳴き声で俺は反射的に短い悲鳴をあげ、肩を竦みあげた。 「ほら、統吾」 「ちょ! タイム!!」 子犬を俺に近づけさせる牧穂に俺は両手を振り拒否をした。 「えー…」 「お、俺…犬ダメなんだよ…」 苦手意識に大きも小さいもない。 それはこんな小さな犬でも同じだ。 どういう訳か俺は幼い時からよく犬に吠えられるのだ。 小型犬から大型犬まで関係なく、しかも警戒するような目つきで睨まれる。 それだけならまだしも、ドーベルマンのようなでっかい犬に襲われかけたこともあるのだ。 それがきっかけで、俺は犬が怖い。 正直お化けなんかよりもこいつらは怖いのだ。 お化けはこっちが何かしない限り滅多に襲ってこないが、奴らは関係ない。 しかも溢れんばかりに増殖していやがる。 フィールドを歩けば犬。 スライム並みの繁殖率だ。 「ご、ごめん…」 そう言うと牧穂は悲しそうな顔で素直に謝った。 「知らなかったんだ…本当にごめん」 「いや、いいよ…俺も今まで言ってなかったし」 とは言うものの、彼女は相当にへこんでいるように見えた。 俺に嫌がることをしてしまったこともあるが、どちらかと言えば、自分の好きなものが相入れなかった悲しみのようだった。
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