七瀬牧穂と子犬のワルツ

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僕が撫でるように子犬の体を洗うと、こいつは気持ちが良さそうに目を細めた。 「意外だな」 その様子に僕は率直な感想を述べた。 「もっと暴れるかと思った」 確かにこんなバケツに入れられちゃ逃げ場もない。 だが、もっとばたつかせたり、吠えたり、悲しく唸ったりするかと思っていた。 少なくとも、前飼っていたうちの犬はそうだった。 「もしかして、この子…捨て犬なんじゃないかしら」 旭の意見に同感だ。 シャワーにしろ、僕らにしろ、野良犬にしては人間に慣れていた。 子犬ではあるが、きっと生後10ヶ月は過ぎているだろう。 その前まではおそらく誰かに飼われていたのではないか。 これはあくまでも僕らのカンだが、本当にそうなら、僕はこの子を捨てた飼い主を許せない。 「ーーで、この子どうするのよ」 子犬を洗う僕に旭は尋ねる。 旭の声に反応するように子犬が顔を上げた。 「拾ってくれ」と言わんばかりに潤んだ目で僕を見つめる。 一日しか会っていないのに、随分と懐かれてしまった。 思えばここが僕の失敗だった。 こんなに可愛いしなついているのだ。 すぐにでも家に持ち帰りたい。 だが、僕の家はアパートだ。 ペット禁止なので僕はこいつを連れて帰れない。 「残念だけど、うちもマンションだからね。本当に世話したいのなら一軒家が無難だけど…」 僕と旭の視線がそっと統吾へと向かう。 「絶対に嫌だ」 「まだ何も言ってないじゃないか」 言う前に統吾に断固拒否された。 しかし、僕だって犬が嫌いな統吾に飼ってほしいなんて酷なことは言わない。 「庭を借りるだけだからさ」 「同じだよ。それ、俺の家で飼うのと同じだよ」 突如に真顔でツッコミを入れる統吾に僕は思わず笑った。 それは冗談として、僕の案はこうだ。 「次の飼い主が見つかるまで、僕がここで世話をしてあげようと思うんだ」 この公園と僕の家も近いし、餌をあげるだけだ。 大学に行く時と家に戻る時に寄ればいい。
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